懐古主義というわけではないんだけど…

時々…、人の話を聞いていて…「そりゃぁ~言い過ぎじゃない? 当時はそれで精一杯だったんだろうからさ…」って思う事があるんです。

鍼灸を生業にしていると、鍼灸って、事あるごとに現代医学と比較されて「科学的ではない!」とか「エビデンスに乏しい!」とか「古臭い!」とか「怪しい!」とか「熱いの嫌い!」「痛いの嫌!」…(^_^;) などなど…、色々な事を言われるか…、もしくは言葉に発せられなくても、相手の表情が物語るというか…、話し相手の表情の片隅に怪訝さを感じる事があったりするんです…。

鍼灸院に鍼灸治療を受けに来られる人達は、そんな事はありませんけどね…

現代医学の信奉者というか、東洋医学や鍼灸医学に理解がなく、現代医学の治療しか受けた事がない人と話をしていて、話の流れから「今、どんな仕事をしてるの?」って質問に「鍼灸師です!」って答えると、時々ですが…怪訝な表情をされる事があります。まぁ~…僕が相手の表情から読み取って察知してしまうんでしょうねぇ~…(^_^;) 

過去の経験から言えば…

好奇心旺盛な人だったら、怖いもの見たさで、「効くの?」と聞いてくる人もいたり…

「このバネ指!治して!」と挑戦的な態度で接する知人もいましたし…(^_^;) 

時々…「興味あるんだけど!」と、色々な質問をする人もいたりと…

その都度、反応は人それぞれではあるのですが…

過去を振り返ると、鍼灸師になりたての頃は、訝しげな感じをあらわにする人は、鍼灸に対しての訝しさなのか?…それとも僕、個人に対する不信感なのか?…それとも僕の人徳の無さが原因か?…(^_^;)…などと、色々と勘ぐってしまいがちになり、自己嫌悪とはいかないまでも、「何でなんだよぉ~!」と、軽く憤りを感じる事も多々ありましたねぇ~…(^_^;) 

…でも、もう鍼灸師を23年以上やっていると、心臓にも毛が生えたのか…「理解しようとしない人には、何を言っても理解しないだろうなぁ~」…って達観視するようになりましたけどね…(^_^;)

話は変わって…

僕は子供の頃から歴史が好きだったんです。

ここ数年前から、ハマってるのが、ポッドキャストで聴いているCOTEN RADIOという番組なんですけど…、3人の福岡の若者が…、…確か僕より年下だと思うので「若者」という表記にしておきますが、この人達が、多くの歴史資料や本を読み漁って、詳しく話してくれる歴史解説が、とても面白いんですよぉ~♪

初回の吉田松陰編から聴いてるので、もう…随分、楽しませてもらってますねぇ~。

そんな中、今年の5月頃だったかな? アメリカで初めて女性の西洋医学の医師として活躍した、Dr.エリザベス・ブラックウェルの話を紹介してくれたんです。…面白かったですよぉ~。

ただね…ちょっとだけ…「確かに…それは…そうだけどもさぁ~」って思った場面があったんですよねぇ~。それは…11話中の5話目だったと思うんですが…、解説者のヤンヤンさんが、Dr.エリザベス・ブラックウェルが医学を学んでいた頃の、その時代の医学の現状を話されていたんですよねぇ~。

エリザベス・ブラックウェルって1810年生まれの人ですから、ちょうど、その頃は、細菌が発見されたり、X線が発見されたり、麻酔や消毒の知識が高まったりしていた頃ですから、まぁ~当時の医学レベルは、今の医学から比べると初期も初期で、今の常識から考えれば「マジで!?」って思うような事が、まかり通っていた時代だったと思うんですねぇ~。

その事を、ヤンヤンさんは、色々な本に書いてあった事案を紹介しながら、説明されていたんですけど、「当時は痛ければ、痛いほど効いている…」とかね…、「具体的な処置法として有名なのが、体を切って血をドバドバ体外に出す。瀉血ですね!…体に溜まった不要物とか有害物を血液と共に外部に排出させる…。だいたい、当時の医者は、これをやるんです。」という解説に、「わぁ~血を出せばいいと思っているんですね!」…と仰る、聞き手の樋口さん。

まぁ~ねぇ~…確かに、アメリカに限らず、200年前の日本でも…、時代的に言うと、江戸時代の後期…、漢方を薬として使っていたけど、当時、漢方薬も高価でしたから、薬を買えるのは裕福な人しか薬剤療法は行われていなかったわけで、当時の日本で、一般庶民に行われる治療は、鍼・灸・もしくは瀉血の治療が頻繁に行われていたという記録が残ってますし、梅毒の治療に水銀が使われていたという記録も残っています。…皆さんが歴史の授業などで『解体新書』の杉田玄白って名前を一度は聞いた事があると思いますが、あの時代の話です。

それと、瀉血ではなく刺絡もこの頃に行われていました。…瀉血と刺絡の違いに関しては、後で解説しますね!

当時はヨーロッパやアメリカより、日本は少し現代医学のスタートは遅れてはいるものの、今みたいにインターネットの時代では、ありませんしねぇ~。江戸末期に蘭学の導入が始まった事を考えると、世界中の色々な所で、多少の時差はあるにせよ、同時多発的に現代医学が芽吹き始めたって事だと思うんですよねぇ~。

COTEN RADIOのエリザベス・ブラックウェル編で、ヤンヤンさんと樋口さんは、試行錯誤していたであろう頃の医学の事を、説明されていたと思うんですが、「当時は痛ければ、痛いほど効いている…」とか「血を出せばいいと思っている…」って言葉を聞いた時に、鍼灸師である僕としては…

「そうじゃないんだよなぁ~」

…って感じたんですよぉ~。別に、ヤンヤンさんと樋口さんが悪いって言っているのではなくて、一般の人の考えって、こういう感じなんだろうなぁ~って思ったんです。

僕が思うに…

現在の医学レベルと、過去の医学レベルを比較して、現代医学の優位性を高める事は避けるべきだと思うんですよねぇ~。

なぜかと言うと、それをしちゃうと、医学に関わった先人に対して失礼だと思うから…。

なんとなく…、現在の医学レベルと、過去の医学レベルを比較すると、誰もが過去の医学のレベルの低さを感じると思うので、個人的に、とても好きな COTEN RADIO ではあるんですが、ちょっと違和感を感じたというか、「意義あり!」って思ったんですよねぇ~…(^_^;)

誰しも最初は、試行錯誤はするものですし、現代医学であろうが、昔からある医学であろうが、医学って、色々な犠牲の上に成り立っていると思うんです。

今の時代だと、医学というものは、科学的根拠(エビデンス)があって、薬や手術で治す事が医学である。…って考えている人が多いと思うんですよねぇ~。

よく、薬効成分のない偽薬を、本物の薬と信じさせて服用させ、症状が改善する現象と言われる、プラセボ効果…別名、プラシーボ効果を取り上げて「これって偽薬効果ですよ!」と、メディアが偽物扱いするものだから、医療は効果のある薬を飲むことで成立する。効果の無い薬を飲むなんてナンセンスだ!…もしくは、悪い部分を手術で切除する事で成り立つ事が医療だと、一般の人は勘違いしてると思うんです。

例えば…、不安な気持ちが原因で体調を崩してしまった人の話を聞いてあげて、少しでも不安な気持ちを解消してあげるカウンセリングのような事も、立派な医療だと思いますし…。

麻痺してしまった部分の機能回復をはかるためのリハビリも立派な医療ですし…。

身体が冷えている事で体調を崩していれば、身体を温めれば、身体は回復するでしょうし…、その逆もありですしね!

鍼やお灸を使って体のコリを取ってバランスを整えるのも、立派な医療だと思うんですよね!

薬を使わなくても…、手術をしなくても…、医療というものは成り立つと思うんです。

ただ、症状や病気には程度があります。…重症だったり、軽傷だったりで、その都度、どの医療が適しているかは症状や病状によって変わります。…適材適所ってやつですよね!

人の身体って、凄く複雑でもあるのですが、単純な側面も持ち合わせてるんですよねぇ~。

悪い部分を手術で切除したり、薬を使わないと治らないような複雑な場合もあれば、食中毒のような場合は、早く体から悪い物を出す。…出す場合は、上から出すか!下から出すか!…嘔吐か下痢で、悪い物を体外に排出する事で体調は回復に向かうでしょうし、瀉血の場合も、基本は血液の循環が悪くなっている事が原因で起こる病気の場合、血流を良くしてやる事で、体調の回復を図る治療法なんですね! 昔は今みたいに居住環境が良くないので、寒くなると血行不良を起こしやすくなっていたんだと思うんです。

当時、瀉血は静脈をターゲットにして、出血を促すようにやっていたみたいです。度が過ぎると貧血を起こしていたという記録も残っていますが、今、現在、瀉血はやってはいけない行為になってます。…その代わりと言ってはなんですが、江戸時代の中期から、刺絡という毛細血管を対象とした治療法は、現在でも広く行われています。

刺絡と瀉血の違いは、ターゲットが違うという大きな違いがある事と、刺絡の場合は出血させる事が目的ではなく、体にかかる負担を最小限に抑えながら、血行を良くするという治療法で、平成17年に、首相だった小泉さんの国会答弁で「…三稜鍼などを用いての井穴刺絡などの刺絡は、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律に規定する、はり業に含まれると認識してよいか?」という質問に、首相の小泉さんが「…三稜鍼を用いた手技は、瀉血を目的とするものではなく、一般的には、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(昭和二十二年法律第二百十七号)第一条に規定する「はり」に含まれるものと考えている。」…と答弁された記録が残っています。…この一文が国会の公式的な文章として残っているという事は、法的にも刺絡は鍼灸師が行う事が出来る医療行為の1つだという証明でもあると思うんですよねぇ~。

あと…、歴史好きの鍼灸師・漢方医・薬剤師なら『金元の四大家』の事は御存知だと思うんです。

今だと、ネットで『金元の四大家』と検索すると、AI君が答えてくれると思いますが…

中国の『金』という時代や、『元』という時代の、有名な4人のお医者さんの話です。

ある、お医者さんは、病気は熱によって起こると考えて、身体を冷やす事で病気を治そうとしていたり…。

また、ある、お医者さんは、悪い物が体の中にあるから病気になると考えて、吐かせたり、下痢させたり、汗をかかせたりして病気を治そうとしました。

また、ある、お医者さんは、胃腸を整える事で健康が維持できると考えて、胃腸を整える事に重きをおいた治療を得意としていましたし…。

また、ある、お医者さんは、陰陽で考えれば、人間の体は、陰が不足しがちだから、陰を補う事が、病気を治す最善の方法だ!…と、陰を補う治療をしていた4人の有名な、お医者さんを『金元の四大家』と言います。

今にして、この金元の四大家の考え方を見れば、どれも間違えではなく、昔から言われている、お婆ちゃんの知恵袋的な養生を基礎として、日常生活の中で、自分の体の変化に自分自身が気が付いて、その都度、対処する事で、健康は維持できる。…という事だと思うんですねぇ~。

現代は情報過多で忙し過ぎて、自分の体調の変化に気が付く余裕も、調整する余裕も無い!…そんな暇はないから、何か病気の症状が出たら薬を飲んでやり過ごす…。そんな生活が日常になってる人って多いと思うんですよねぇ~。

それと…

現代人の医療に対する要求って、なんとなく、無理難題を解決してくれる魔法の杖や呪文みたいなモノを求めているような…そんな感じがするんですよぉ~。本来ならば、人間の体は、複雑であるけど、単純でもあるから。単純な行為で治せるうちに治しておいた方が良いって事を、もう一度、認識しなおした方が良いと思うんですよねぇ~。

懐古主義では無いんだけど、古いものや、古いと思われている思考や、先人達の知恵を、利用するというか…、今一度、見直す事が必要だと思うんですよねぇ~。

症状は二の次…

医療関係の人から「症状は二の次…」と聞いたら、どう思われますか?

9割くらいの人が「…ん?…どういう事?????」って思うかも知れませんね。

よく、このホームページでは、現代医学と東洋医学の思考の違いを、分かりやすく書いているつもりなんですが…

今回もそのパターンです…(^_^;)

例えば…、どこかが悪くなって病院に行く時は、何かの症状を訴えて…「ここが痛い…」とか「咳が出る…」とか「便が出ない…」とか、体調の変化に伴う、色々な症状を治して欲しくて、病院や治療院に行くと思うんです。

でも、その症状を取って欲しいのに、治療者側から「症状は二の次…」と言われたら、患者さんとしては「この人は何を言っているんだ?」「こいつは藪医者なのか?」と疑念を感じると思うんですよね…。

ここで患者さんに理解してほしいのが、これは「治療する側の人が、どういう思考で治療をしているのか?」…という考えの違いが明確に表れる分岐点のようなもので、多少のグラデーションはありますが、治療方法って、大きく分類すると、現代医学的思考と東洋医学的思考に分かれるんですよね!

これは医者とか鍼灸師とかの区別ではなく、どういう思考で治療を行っているのか?という分かれ道なんですよ!

現代医学的思考が強い治療者は、エビデンス(科学的根拠)を重視して、症状を取る事を優先すると思うんです。

簡単に言えば…「症状を取る事で、体は楽になるので、健康体に戻る」…という考えですね!

確かに症状を取れば、患者さんも喜ぶし、「あそこに行けば、あっという間に治してくる!」と噂にもなりwin winの関係が出来上がり、言う事なしなんですが…

薬剤に関して言えば…、裏を返せば…「症状がすぐに取れる=強い薬を使っている」という事でもあったりします。

でも…、症状が、すぐ取れる事は、健康体を維持するうえで、患者さんにとって、全てがプラスになるのかというと、そうでは無い場合も多々あるんですよね!

症状が取れると、患者さんは、また…すぐに…体や精神的に無理を強いる生活に戻ってしまう…。いわゆる、病気を発症した環境に戻ってしまいがちになる…という事です。

例え話としては…

「癌」…、御存じの通り、遺伝的や突発的なものは別として、癌は自分の細胞が暴走することで発症する病気ですよね!なので、食生活や生活パターンの乱れが大きな要因の一つと考えて間違いないと思うんです。

随分、癌治療も昔より進歩はしてますが、未だもって、日本での癌治療は、抗がん剤や放射線やホルモン療法といわれる、三種の神器的な治療法が癌治療の主な治療です。…その治療で…、体に負担をかける厳しい治療により、運よく癌の治療が成功したとしても、以前と同じような生活をしていたら、再発という事になりかねない事は、医療従事者ならずとも、身内に癌を患った事がある人がいる人もなら、容易に理解できる事だと思うんです。

ですから…、癌治療や大病の場合は、症状を取るよりも、体の根幹とでも言いますか、食生活や生活パターンの改善が重要になってくるんですよね!

でもって…

現代医学では、痛みを取ったり…、咳を止めたり…、排便を促したり…と、症状を止める事が、薬を使うことで容易に出来るという強みがあります。

なので、適量を与えるのであれば、毒も薬になるわけで…

「症状を取り、患者さんを楽にする事は悪い事ではないはずだ!」という理屈から、現代医学的思考で治療する人は、症状を取る事を第一義としているように見受けられます。

たぶん…、色々な患者さんを診ていて、話を聞いていると病院通いをしてる人は、色々な薬を大量に飲んでいる人が多いので、そんな風に感じるんですよねぇ~。

お医者さんだったら患者さんが訴える症状の数だけ薬を処方するでしょうし、鍼灸師でも「このツボは、この症状に効く」という感じで、症状とツボの穴性を照らし合わせて鍼や灸をする人達も、現代医学的思考が強いと思うんです。

それとは別に…

東洋医学的思考で治療する人は、体が治れば症状も治るはずだという考えで、体を治す事を第一義としますし、経験と感覚を重視するように思えます。

例えば、木の幹が体の本体で、葉っぱが症状だとします。紅葉の時期でもないのに、葉が黄色くなって、葉が落ちる原因は基本的に木の幹に原因があるので、落ちる葉を落ちないように維持するのではなく、落ちる葉は無視して、幹の状態を改善して、新たに若葉が芽吹きやすいようにする。

「咳が出る…」とか、「ここが痛い…」とか、「便が出ない…」とう症状は、体が健康になれば治る症状なので、その症状を取る事よりも、いかに体をいい状態に戻すか!?…という事を目標に治療します。

ここで重要なポイントとなるのは「症状に踊らされはいけない…」という事ですね。

臨床をしていていて、これは…よく感じます…。

患者さんは色んな症状を訴えるんですが、その一つ一つに対して治療をしていると、結果的に堂々巡りに、なりがちになっいてしまうんですよねぇ~。

なぜ、その症状が起こっているのか?…と原因を探って原因を突き止めて、それが治せるものなのか?どうなのか?を思考する。

なので…「症状は二の次…」という事になるわけなんですよね!

よく鍼灸業界で「本治」「標治」という言葉が飛び交いますが、これでいうと症状を取るのが「標治」で、体、本体を治すのが「本治」という事になります。

でも…、体の回復力が強い人は、症状を取る事で、重い荷物を降ろして体を軽くして身動きがとりやすくなるかの如く、症状を取る事で、一気に治る人もいるので、まんざら「本治」が良い治療で、「標治」がいい加減な治療という訳ではないんですよねぇ~。

ここで考えて欲しいのは、症状を取る事が体にとって良い事なのか?症状は二の次として、症状に耐えながら、体を労わる治療をするのが良い事なのか?…という事なんです。

喘息とか、アレルギー反応のような、緊急を要する場合は症状を取る事が最優先事項ですが、そうではない場合はどうしたらいいのか?

先ほど書いたように、回復力がある人なら症状を取る事で、早く健康体に戻れるわけなので、現代医学的思考も、まんざら悪い事では無い。…と思うんです。

患者さんの体の具合による…という事なんでしょうねぇ~ 。

あっ…あと、人間の体って、後戻りできるボーダーラインみたいなものがあって、そのボーダーラインの圏内であれば、どんな病気になったとしても自力で健康体に戻れると思うんです。でも…、警報が鳴っているにも関わらず、いつしか、そのボーダーラインを越えてしまった場合、癌とか大病を発症して、現代医学的な治療に頼らざる負えなくなる。東洋医学的思考は後戻りできるボーダーライン圏内で有効な治療法だと思うんですよね…。

それと…、医療者側だけではなく、患者さんも東洋医学的思考な人と、現代医学的思考の人に分かれると思うんですよねぇ~。

まぁ~基本的に、鍼灸院に来られる患者さんは東洋医学的な思考の人が多いんですが、時々、現代医学的思考の人が、あの病院に行っても、その整骨院に行っても、治らないから、しょうがなく…切腹覚悟で鍼灸院の敷居をくぐって来られる人もいらっしゃいます…(^_^;)

ちょっと前の話ですが…、うちの鍼灸院でも、以前、開業当時から数年通われていた患者さんが久しぶりに来られて…「御無沙汰してます…最近、家の近くの整骨院や病院に通っているんですが、思うように治らないので…鍼でも刺したら治るかな?…と思って…」っていう人がいたんですが、「針を刺せば治るかも…」という思考の人って現代医学的思考が強い患者さんなんですよねぇ~…(-_-;)

鍼灸師も東洋医学を勉強してはいますが、現代医学的思考の人も大勢いますし、お医者さんなどは、特に東洋医学的思考になるのは難しいかもしれません。

医者になるためには、現代医学の知識を頭に叩き込んで、医師免許を取得するわけですから、東洋医学的思考にチェンジするのは並大抵な事ではないと思うんですよねぇ~。

邪推ではありますが…、東洋医学的な思考で治療しているお医者さんは、現代医学の治療に限界を感じて、東洋医学的思考に、新たな道を求めた人のような気がします。

先日、ある漢方医が…「下剤で有名な大黄という生薬があるんだけど、あれは気を動かす薬なんだよ!石膏とか附子とかも気を動かす薬ではあるんだけども、漢方を勉強していない医者は、症状と薬の名前を覚えて、コレにはコレ!的な思考でしか処方しないし、そういう使い方しか知らないんだよね!附子とか大黄とか石膏を使って、気を動かすことで病気を治せるようになったら、漢方医としては一流だね!」

…って言ってました。

まず…現代医学のお医者さんにとっては「気を動かす?」…「気ってなに?」…っていう感じになるんだろうし…、現代医学的思考の人にとっては「気」って謎だろうなぁ~…って思いますねぇ~。

それと…、「症状を取る事を優先すると、患者さんの期待に応える事にもなるので、東洋医学的思考が体にとって、いくら優しいと分かっていても、病院を維持する為には、症状を取る事も必要になるわけだから、西洋医学的思考と東洋医学的思考の選択って、…難しい選択だよね!」

…とも言ってましたね!

まぁ~現代医学的思考と東洋医学的思考を上手に使いこなす事が一番いいわけなんですが…

日本人って、「臨機応変」って、とっても苦手な国民性ですし、すぐ…何かと何かを比較して「こちらが正しい!」と結論を出したがる国民性ですしね…

難しいとこでしょうねぇ~。

僕…個人の考えとしては、遠回りにのようには見えるけど、体に優しい治療は、東洋医学的思考の方が、身体を重要視しているように思えるんです。まぁ~…これは…、僕が鍼灸師で、東洋医学的思考よりの治療をしているからなのかも知れませんが…、やはり、医者であろうが、鍼灸師であろうが、現代医学的思考と東洋医学的思考を上手に使いこなす人が良い治療家だと思いますねぇ~。

そのうえで…、治療を今より充実したものにする為の下準備として、必要だと思う事が一つあるんです。

良い治療って、治療家と患者さんの思考がリンクする必要があると思うんですね!

難しい事ではあるんですが…、患者さん自身が、自分の体の状態を把握する必要性を感じるんですよぉ~。

自分の体は、症状を取ればすぐに回復できる体力を兼ね備えている状態なのか?それとも、地固め・基礎固めをするように治療しないと体調を崩してしまうような状態なのか?を認識する必要があると思うんですね!

そうじゃないと、治療家がプロの視点で「この患者さんは東洋医学的思考で治した方がいい…」と判断しても、患者さんが「私は体力には自信がありますから、症状だけ取ってくれれば、それでいいです。」というように言い張っていたとすると、もうその時点で、患者さんとの連携が取れず、治療が上手くいかなくなるのは目に見えてますよね!

ただ…長年、臨床をしていると…、患者さんって、体の疲れ具合や、老化度合いを認識してはいるんだけれど、気分的に「まだいける!」って感じで、気持ちだけは若さのモチベーションを維持している人が、体調を崩しがちだなって感じるんですよね…。

なので、治療する前に、まず患者さんに、自分の体の状態を認識してもらう事から始めないといけない事も多々あるんですよ。

まぁ~…その時点で、患者さんが納得するか?しないか?…で、治療が上手くいくか…上手くいかないか…が決まりますけどねぇ~。

現代医学と東洋医学の思考の違い

現代医学と東洋医学の違い…ってね…

一言では説明しにくいし…、簡単に…分かりやすく解説するのは、難しいと思うんです。

見方によっては、同じようなモノにも見えたり、全く別物にも見えたりする…って、感じるんですよね。

まぁ~…僕の私見で現代医学と東洋医学の違いを、患者さんに説明するつもりで解説したいと思います。

まずは「医学」…という言葉が、現代医学にも東洋医学にも付いてますが、病気の原因やケガの原因を探って、病気を治す学問が医学とするならば、ココは現代医学も東洋医学も共通している部分だと思います。

明確な違いがあるとするならば…

現代医学はあらゆるモノ(薬や手術…先進的な医療機器)を使って、早く治そうとする傾向にあり、東洋医学は身体が本来、持ち合わせている身体の治癒力を高める事で治そうとする。…この違いでしょうかね…。

何かの本に書いてあった話しですが…、150年~200年くらい前は、東洋医学も西洋医学も、同じように身体が持ち合わせている治癒力を高めて病気と対峙する感じで、治療を行っていたのですが、現代医学の発展は、戦争で傷ついた兵士を、素早く治して回復させ、再び戦場へ兵士として送り込む事を目的として、…特に外科分野が発展していったらしんですね!

まぁ~…政治家や軍人など…戦争を、やりたい側の立場からすれば、戦争で傷ついた兵士を、東洋医学のように、身体の自己治癒力を高める為に、身体を長期間休ませて、回復を待っていたのでは、戦争も終わってしまい、らちがあかないので、早い回復を求められた…って事なんでしょう。

そもそも、戦争をする事は良くない事なんですが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な感じで、時代の流れの中、医学の発展に拍車が、かかった背景があったりするみたいです。

ただ…時代背景は、そんな感じですが、医学が進歩していく上で、現代医学には東洋医学には無い優れた部分も多々あります。

手術だったり…、薬品の開発だったり…、つい最近では ips細胞などの再生医療など…、昔は無かった医療技術が進歩して、これらの恩恵を受ける事で、健康な生活に戻れている人も多いと思うんですよねぇ~。

ただ…、

「早く治して欲しい!」「早い社会復帰を!」「元通りに戻して欲しい!」…と、患者さんが現代医学に求めるものが、厳しいモノになればなるほど、攻める感じの治療になりがちなので、その場合、副作用が強かったり、チャレンジ的な治療になれば、予後がどうなるか分からない…という事も、あったりします。

東洋医学は、患者さん…個々の身体に備わっている治癒力を高める事で、病気を治したり、予防したりする事が基本なので、早く治そうにも患者さんの身体の状態が頼りなんですよね!

よく患者さんに説明する際に話す事なんですが…

人間の身体は健康でも、日常の生活を送る上で疲れる事は多々あります。…疲れると、何かと不具合が起きやすくなるものですけど、身体が健康な人ならば、疲れが取れれば、身体の不調もすぐに治るものなんですよね…。

でも…身体が健康体ではない人の場合。疲れた時は、身体の不調が増幅して、…疲れが取れたとしても、身体の不調は改善しないものなんです。

東洋医学的に、病気を治す場合は、症状を取るというより、健康体への身体作りを考えながら、身体のバランスを立て直してもらうようにしつつ、身体に無理のないように症状の軽減を試みるような治療をします。

なので…、治るのに時間は、かかるのだけれど、どちらかと言うと、身体には優しい…というか、自然の流れに沿った治し方なんですよねぇ!

あとは…

年齢的な事も加味して考えないと、いつまでも若い頃と同じパフォーマンスを維持するのは難しいわけで…、どこかで生活パターンの、何かを変えていかないといけなくなる時期が必ずやってきます。

例えば…

新車で車を購入した場合、エンジンも新品で、寒かろうが暑かろうが…どんな状態でもエンジンはかかり、いついかなる時でも走り出す事は可能ですが、古い車になればなるほど、暖機運転が必要になったり…,メンテナンスしないと走れなくなったりするものですよね!

これって、人間の身体も同じなので、ある程度の年齢を超えると、必ずと言っていいほど、身体のメンテナンスが必要になってきます。

そこで、どう考えるか?…なんですが…

身体に無理を強いる治療を選ぶか?…身体に優しい治療を選ぶか?

これは、おのおの…患者さんが、決める事になると思うんですけど…、「早く治りたい!」という意識が強い人だと、身体に無理を強いても、早く治る治療を選択するでしょうし、身体が発する声に耳を傾ける人だと、出来るだけ、治療に於いても無理はしない方を選ぶと思うんです。

先日、アスリート系の患者さんが来られて、治療をしながら色々と話しを聞いたんですが…

その患者さんは、膝が痛くて…、専門医の意見では…「半月板の縫合が可能なら、半月板縫合術で縫合した方がいいけど、無理そうならば半月板の損傷部位を切除する方法を内視鏡で行う…」って説明を受けたらしいんです。手術を経験したアスリート仲間で、半月板の切除をした人は、痛みが無くなり「早く、この手術をしておけば良かった…」と言ってたけど「定期的に水が溜まるっていう人もいたし…」…どうすべきか悩んでいるという内容の相談だったんですねぇ~。

この時、ウチの治療院では、この患者さんに対して、膝に関係している筋肉を緩める治療をしたんです。

理由は、アスリートとして筋トレで鍛える事で、膝に負担がかかっている訳だから、必要以上に膝に負担をかけている筋肉を緩めれば楽になるのでは?…と思ったからなんです。…結果、案の定、治療後は「楽に膝が曲げれる!」と言われてました。

ただ…、その効果は、その時だけなのかも知れませんが、理屈としては筋肉を緩めて、関節にかかっている負担を減らすと良いという理屈は、間違っていないと思うんですよね!

半月板の事に関しては、僕より、専門医の方が、勿論、経験も知識も豊富ですし、現代医学の恩恵を受ける事で、痛みなく膝の曲げ伸ばしが出来て、日常生活を送れるのであれば、手術を受けるべきだと僕は思います。

ただ、アスリートとして膝に負担がかかっているのであれば、今までと同じような筋トレは避けるべきだと思うんですよねぇ~。

僕がアドバイスする場合は、どうしても東洋医学的な思考で話す事になるので、まずは、痛みなく日常生活を送る事を第一義と考えて、その上で、アスリートとしてトレーニングをしたいのであれば、鍛えると言うより、筋肉を緩めて可動域をあげる事で、関節への負担を減らす…新たなチャレンジが必要になってくると思うんですよぉ~。

こういう事を患者さんと話していると、上手に東洋医学と現代医学を使い分ける感覚って持っておくべきだと思うんですよねぇ~。

それと、前にもブログに書いた事があるんですが、現代医学って…、切り札というか…、奥の手というか…、頼りの綱というか…、ラスボス的な必殺技みたいなモノだと思うんです。

何でもそうだと思うんですけど、必殺技のような奥の手は、最初に使うべきモノではないとおもうんですよねぇ~。

現代医学に頼る前に、自らの生活パターンや食事…、適度な運動…の改善をして、健康を維持するようにし…、何か少し不具合を感じたら、東洋医学的な思考で、漢方や鍼灸を利用して対処し、それでもダメなら奥の手の現代医学に頼る。

この流れで生活していくと、健康でいられる時間を確保出来ると思うんですけどねぇ~。
まぁ~若い頃に出来ていた事が出来なくなる不安や…
鍛える事で健康が維持出来ると感じている人に「その鍛え方は、もう無理なのでは?」…って言うのは、なかなか難しいですよねぇ~。

でも、どこかで変えなくてはいけなかったり、新たなチャレンジをしなければいけない時って、必ず来るものだと思うんですよねぇ~。

現代医学と東洋医学の活用法の順番が間違ってるなぁ~…て思う。

鍼灸院に来られる患者さんが、鍼灸院で治療を受けようと決意するまでの行程として…

まず…患者さんが体の不調を感じて…

病院に行って、検査して…薬をもらって…

そこで治ったなら「あぁ~よかったね!…治ったね!」で一件落着。

また…

肩こりや腰痛など、筋肉痛に関しても、病院に行くか…、マッサージに行くか…、整骨院に何回か通う…

それで治ったなら「あぁ~よかったね!…治ったね!」で、またまた…コレにて一件落着。

…けど、治らなかった場合…。

NHKで時々、東洋医学とか鍼灸の特番をやってるし…。鍼とか灸が効くのかな?…でも…東洋医学って何か神秘的だし…、ツボを押してもらったり、刺激してもらうと治るかも知れない。…という淡い期待を持って鍼灸院に来られる。

もしくは、以前、病院に行っても、投薬とリハビリの繰り返しで、症状が改善しなかった経験があるとか…、処方された薬が体に合わず、色々な病院をジプシーの如く渡り歩き、途方に暮れた事がある経験をもつ人は、不信感とはいかないまでも、現代医学に疑念を抱いてたりするので、そんな人が東洋医学や鍼灸に救いを求めたりするんですよね…。

そんな感じで、順序的に…最後に鍼灸院に来られる人が多いですよぉ~…。

まぁ~…コレって…保険でも同じような感じなんです。

保険を使う場合も…、これは大人の事情なのか?…医学のヒエラルキーでトップにいる、お医者さんの権利を守るためか…?保険の管轄官庁が「鍼灸はエビデンスに欠けるから…」と、鍼灸治療を軽視しているからか?…肩コリのような不定愁訴を保険で治療できるようにしたら、ただでさえ逼迫している保険の財源が破綻してしまうからか?

結局…保健医療に関しての鍼灸治療は、色々と条件の壁が高く、一般の人は御存じないと思いますが、保険を使って治療する場合も、最後の選択肢の一つとして鍼灸院に来る。…とう流れになってるんですよね。

ここで、豆知識として…鍼灸院で保険を使う場合なんですが…

保険の基本的な考えとして、社会保険とか国民健康保険とか、いわゆる国民皆保険と言われている保険は、病院以外では使えないのが基本原則なんですよぉ~!

…簡単に説明すれば…、保険は基本的に医者が行う医療の為にあり、医者以外が保険を使う場合は『お医者さんによる適当な治療手段が無い場合に限る』という条件付きなんです。…これは、お医者さんが「もうウチの病院では出来る治療はないよ!…もしかしたら、鍼灸とかで治るかもしれないから、そっちに行ってみたら?」…ってな感じで、お医者さんに同意書を書いてもらわないと、鍼灸院や整骨院では保険が使えないんです。

…まぁ~…お医者さんと提携している鍼灸院や整骨院だと、簡単に同意書を書いてもらう事は可能なんでしょうけどね…(^^;)

平たく言うと…お医者さんが、サジを投げないと代替医療と呼ばれている、鍼灸院や整骨院で保険が使えない。…という事なんですね。

しかも…疾患名が限られていて…「①神経痛 ②リウマチ ③五十肩 ④頚腕症候群 ⑤腰痛 ⑥頸椎捻挫後遺症に限る」…となってます。

なので…これを厳密に守るとするならば、肩こりとか、頭痛とか、目の奥が痛い…とか、…最近、眠りが浅い…とか、背中が痛い…とか…疲れやすい…などなど…etc…。鍼灸院には色々な症状を訴えて来られる患者さんが多いんですけど、百歩譲って、お医者さんがサジを投げて同意書を書いてくれたとしても、これらの症状を保険適応には出来ないって事になりますよねぇ~。

でも…よく考えてみて下さい。

生死に関わる病気は別として…、通常の病気の症状で、お医者さんが「もうウチの病院では出来る治療はないよ!」ってサジを投げると思いますか?…普通に考えて、サジを投げるなんて、お医者さんのプライドが許さないんじゃないかな?

…百歩譲って…現代医学のお医者さんの技術では治せない症状だったとしても…、お医者さんはサジを投げる前に、この薬が効かないのなら、コレはどうだろう?…あの薬が効かないのらば、この薬はどうだろうか?…と大量の薬を処方するはずですよね…(^^;)…そうなると、薬によって体が複雑な状態になり得なくもない…。

患者さん自身も、強い薬は、よく効くモノではあるけれども、体に与えるダメージも大きいという事を理解しておかないと、投与された薬で、体のバランスが崩れるって事も往々にしてあるんですよね!分かりやすい例としては抗癌剤などがそうですよねぇ!…副作用として、元々、体力がある人なら多少のダメージはあっても回復しますが、体力がない人に抗癌剤を使用すると一気に老け込みますよね…。

まぁ~…東洋医学や鍼灸に理解がある、お医者さんならばプライドなど関係なく、同意書は書いてもらえるとは思いますけど…。

この保険の運用順を考えてみても、鍼灸は一番最後になる…。いわゆる駆け込み寺になるような流れで、一番最後に鍼灸院を訪れるようになるわけです。

大まかに分類すると、東洋医学と現代医学は考え方が違うと思っていいと思います。同じ医学ですから考え方が似通ってる部分もありますが、ここでは敢えて、違いを強調したいと思います。

現代医学は患者さんの要望に応えて、即効性を第一義としています。現代人は「早い社会復帰を!」「完璧に治して欲しい!」「すぐに治して欲しい!」「元どおりに戻して欲しい!」…と思っているので、そのニーズに応えようと、新薬の開発や…、手術や技術の向上…、治療に必要な機械や道具などを開発して、最新技術で対応します。

東洋医学は、本来、人間の体が持っている自己治癒力を高めたり、免疫力や自律神経のバランスを取る事で病気と対峙します。(…歴史的にみれば西洋医学もヒポクラテスの時代から、つい最近まで…、今から100年くらい前までは、自己治癒力を高めたり、免疫力や自律神経のバランスを取る事で病気と対峙していました。)

…わざと、違いを強調して説明してますが、現代医学と東洋医学には、こういう違いがあると思うんですよねぇ~。

もう少し突っ込んで言えば…

現代人は、自分の生活パターンを変えずに、病気を治そうとするので、現代医学は、その患者さん達の要望というか、不安に答えるべく、限界ギリギリを攻めるような感じで、病気と対峙して治療を行うんです。なので…限界ギリギリを攻める時、強い薬を使った場合、副作用も起きやすくなります。

現代医学が病気を、どう捉えるかというと…、勧善懲悪というか、悪いモノをやっつけるイメージで病気と対峙してると思うんですよね。なんとなく…ハリウッド映画的な、悪役がいてヒーローが悪役を倒す。「悪者は悪者なんだから、やっつけないとダメでしょ!」…っていう感じで病気を治そうとします。

東洋医学は…身体が、ちゃんと機能していれば病気にもならないし、病気になったとしても、本来持ち合わせている身体の回復力で病気は治せる…。という感じで病気と対峙して治療を行うんです。

東洋医学が病気を、どう捉えるかというと…、病気を日本で言う『怨霊神』のような感じで捉えているようにも思えるんです…。怨霊神って災いをもたらすモノなんだけれども、神として祀る事で災いを収めようとする。…コレが怨霊神ですよね!太宰府の菅原さんもそうだし、崇徳天皇とか、平将門もそうですよね!…興味が無ければ、あまり気が付かない事ですが、『怨霊神』って言葉としては「おどろおどろしい」けど、意外と僕らの身近で信仰の対象になってたりするものなんですよね…。

東洋医学には「病気は気づき…」という考えがあり、病気は嫌なモノではあるんだけども「あなた…そんなに乱れた生活していると、もっと酷い病気になるし症状が悪化しますよ!」…と病気が体に教えてくれるものでもある…。そんな感じで病気を捉えているんですよね。

なので…「病気を一気に叩く!」…ではなく、体の回復力を使って、荒ぶる病気の怒りを収め、病気に対して、ゆっくりと退いて頂く。

…こんな感じが東洋医学の病気の捉え方だと思うんです。

…少し、話しが脱線しちゃいましたが…(^^;)

現代医学の技術って、この百年で凄く進歩してると思うんですよ。だから…正直言って…現代医学って、医療の最後の砦だと思うんですよね!

…最後の砦では、あるのだけれども、医療に関わらず、健康で生きていられるのなら、関わらない方が良い代物でもあります。

東洋医学って基本的に、体をいかに健康的に維持出来るようにするか。人間というか…動物が持っている自己回復力という能力を、いかに維持させるか。…という事をサポートするのに長けている医学なので、順番的には、まずは、鍼灸も含め東洋医学で生活改善をして、患者さん自身が病気にならないような体作りを心がける。

どの病気でも最初は軽い状態なはずなんですよね!

軽い状態だったら体の自己回復力や東洋医学や鍼灸のサポートで病気も治るはずなんですよ!…でも、それを放っておくから症状が重くなり重篤な症状や病気になるわけです。…で…、どうしようもなくなった場合、最後の砦として、現代医学の恩恵にあずかる…。

この流れが、自然な流れだと思うんですけど…

…でも、現代人は「早く治したい…」「無駄は省きたい…」「自分で自分の健康管理なんて面倒くさい…」「なんだったら…自分の健康はAIに管理してもらおうかな…」なんて人もいるかも知れない。…(^^;)

僕が思うに…、たぶん…忙しい現代人の考え方に、東洋医学や鍼灸の考え方はマッチしてないかもしれないけれど、初めてウチの鍼灸院に来られる患者さん達に「この症状や病気に対して、今までどんな治療を受けて来られましたか?」と話しを聞いたりするんですけど…

話しを聞いてると…、病院で処方された薬に頼る前に、患者さん自身が生活改善していたら、こうはなってないだろうなぁ~…って思う事が多いんです。

なんとなくですが、今の医療の流れというか…、現代医学と東洋医学の活用法の順番が間違ってるなぁ~って思ったりするんですよねぇ~。

…追伸

言うまでも無いとは思いますが…、緊急性が高い病気や症状の場合は、この現代医学と東洋医学の活用法の順序は当てはまりませんからね!勿論…緊急性が高い場合は現代医学…一択です…(^^;)

出たなぁ~!エビデンス星人!

エビデンス星人に面と向かって「鍼灸って科学的根拠はあるの?」などと聞かれた事はないけれど…(^^;) 時々、雑誌や本を読んでいると、紙面に書いてある文章の内容から「あっ!この著者とか、この対談相手って…エビデンス星人だな…」って思う事があります。

エビデンス星人とは…

事あるごとに「それってエビデンスは?科学的根拠は?…科学的根拠がない治療なんて信じるに値しない…。」と、水戸黄門の印籠を出すかの如く、声高に科学的根拠を求める人。

(エビデンス星人=僕が作った造語です。…(^^;))

エビデンス星人って、現代医学の研究者や医者の中にいたりします。…また…、そういう人達が著名な人だったりすると、影響力がある分、厄介なんですよねぇ~。

所謂、代替医療と言われている医療を非難する場合、もしくは現代医療との差別化を明確にしたい時…、現代医療が最新で…最良で…最高で…ワンダフルで…アメイジングで…ファンタスティックで…マーベラスだと、マウントを取りたい時に、現代医療側の人がよく使う言葉ではありますね…(^^;)。

鍼灸はカテゴリーとしては代替医療に含まれるので、鍼灸師の僕は、この「エビデンスは?科学的根拠は?」という言葉に、とても敏感に反応しますし、正直言って嫌気がさす言葉でもあります。

「あっ!出た出た!エビデンス星人が何か言ってる!」って感じ…(^^;)

このブログで何度も書いてますが、鍼灸は『科学的根拠』という言葉が生まれる以前の医療ですし、鍼灸の刺激量を数値化する事も出来ませんしね…。科学的根拠というのは現代医学の中で通用するルールで、鍼灸は科学的根拠を提示するというルールには、そぐわない医学だと思うんです。

「科学的根拠がある事=良質・科学的根拠が薄い=悪質」と、二元論で解決するほど、人の身体って、そんなに単純じゃないんですよねぇ~。

エビデンス星人ってステレオタイプなんだろうなぁ~

例えば…同じような道着を着ていても、空手と柔道ではルールに大きな違いがあるのと同様に、人の病気を治す医学ではあるんだけれども、現代医学と東洋医学…、主に現代医学の科学的根拠を主張する人達の考えと、鍼灸の考え方とではルールが違うと言っていいと思うんです。

その事を理解せずに「エビデンスは?科学的根拠は?」とマウントを取ろうとする人達は、エビデンスというアイテムをフルに使って、相手を引きずり下ろそうと躍起になっているだけなので、相手にしなくていいと思うんですよねぇ~…(^^;)

科学的根拠を提示しようにも、以前…ブログで書いたように、鍼灸による神経伝達物質やホルモンなどの分泌量を調べるには、それなりの施設じゃないと調べられないし、なかなか研究も進まないから、しょうがないですよね…。

ただ、誤解しないで欲しいのが、例え話として、僕は癌を鍼灸治療だけで治そうなんて、これっぽっちも思いませんし、癌のような大病の場合は、科学的根拠が提示されている治療を軸にして、そのサポートとして鍼灸治療を活用すべきだと思っています。

ただね…

エビデンス星人って、自分達の治療以外を全否定するように「エビデンスは?科学的根拠は?」と問うてくるので、「出たな!エビデンス星人!」って感じで、飽き飽きしちゃうんですよねぇ~…(^^;)

概論思考と各論思考…

なんて説明したらいいんだろうか?…って考えた時に、ふと「概論・各論」という言葉が頭に浮かんだので、タイトルを「概論思考と各論思考」にしてみました。

何が言いたいのかって言うと…

身体の事…、自然の流れ…、老いるという事を理解しているのか?…どうか?

…という事を考えていた時に、大きな流れというか…、人間が生まれて死ぬまでには、若さで乗り切れるような事を経験したり、挫折を経験したり、加齢を経験して老化を感じたりと、大まかな流れがどれだけ理解出来ているか?

頭では理解できているんだけども、その流れに抗ってしまう思考が働き、どうしても自然の流れに逆らってしまう…。

そんな人、多くないですかねぇ?

僕たち鍼灸師は専門学校で東洋医学を学ぶ時、『東洋医学概論』と『東洋医学各論?…臨床各論?』だったかな?…を学びます。(…学校に通っていたのが20数年前の事なので、科目のタイトルは忘れてしまいました…(-_-;))

御存知の通り、概論は「大まかな説明」とでも言いますか「あらまし」…「こんな感じだよ!」という概略の説明が主で、各論は「詳細」というか、ある領域の詳しい説明を各論で学びます。

東洋医学概論では、人は自然の流れの中の一部であり、…身体がどのように成長して、どのように老いていくか…を学びます。各論では、ツボの効能や運用やら、この症状には、このツボ…などなどを学ぶんです。

なんとなくですけど…

何かあったら、すぐに薬を飲んで治そうとする人。もしくは鍼灸に来る患者さんでも「ここに鍼を打ってもらえませんか?」とか「ここに鍼を刺してもらうと治るような気がする」…というような人。…そういう人達の思考って「各論思考」な人達じゃないかな?って思えるんです。

所謂、成長から老化の過程に起こる事、概論を無視して、各論的な思考で、薬やツボに鍼を刺したり灸をしたりする事で病気を治そうとする人…。

患者さんだけではなく、鍼灸師でも、人を治療する時に各論的思考で治そうとする鍼灸師も少なくないと思うんですよねぇ~。

人の病気を治すのって、自然の流れや、身体の成長や老化の過程を無視して、生活していては病気は治せないんですよぉ~。

生活習慣の改善は必須なんですよね!

薬やツボの効能はサポートでしかなく、病気を治す主軸は「生きる力」とでも言いますか、免疫力を下げない事…。これは生活習慣の改善でしか変化を起こせないんですよねぇ~。

なので…、概論的な事柄を重要視する、お医者さんや鍼灸師は、事あるごとに「睡眠不足はよくないですよ!」「御飯はゆっくり、よく噛んで…」「シャワーではなく湯船には浸かりましょうね!」「身体を動かして!…運動しましょう!」…などなど、まぁ~昔から、親や祖父母から言われていた事を、伝えるんだけれども…

多くの人は、「そんな事は分かってる!…それより、もっと効く薬はないのか?もっと効くツボは?」…と各論思考で、病気と対峙しようとする人が多いなぁ~って感じます。

各論思考の人達って、何かに頼ってしまう癖とでも言いますか、薬に頼ったり…お医者さんに頼ったり…、なんだか分からないけど神秘的だと感じる東洋医学に頼ってみたりする事が習慣化しているので、そういう人達に概論的な事を言っても、聞く耳を持ってくれない事が多いんですよぉ~。

でも、こればかりは、気が付いてもらうしか無いので…

僕ら鍼灸師は、鍼やお灸を使って、身体のコリを取り、少しでも身体を楽にしてあげる事で、各論思考から概論思考に変わってもらいたい…。

患者さん自身が自分の身体の事を理解して、身体の不調を御自身で察知し、改善出来る事は御自身でやり、自分で出来そうに無い症状に関しては医療のサポートを受ける。鍼灸は御自身で改善する場合のサポートとして生活に取り入れてもらうようにする。この流れを作る事が、僕の治療の最終目的かな…って思います。

概論的思考になれば、自分の身体の声に耳を傾けれるようになると思うんです。自分の身体が発している警報に対応出来る。そうなれば患者さん自身が、今、自分の身体に最適な治療法や、やるべき事を判断出来るようになると思うんですよねぇ~。

そうすると、健康な人が、もっと増えると思うんですよぉ~。