よく…podcastで『歴史を面白く学ぶコテンラジオ 』という番組を聴いてるんです。この番組はpodcastだけじゃなくて、YouTubeでも聴けるので、興味がある方は是非!♪
でぇ~…3月の末頃からのお題が「科学技術の歴史」についてで、色々と教えてくれてるんですよぉ~。
その中で、日本語では科学と技術を「科学技術」という1つの言葉として、よく使ってるんだけど、科学と技術は別物…という話しをされてました。
科学は数値化してデーターを出し、物事を追及していくもので、技術は直感というか、感覚を重視する傾向にあるという事を話されていて…「なるほどぉ~」と思いました。
確かに…技術の習得って時間がかかりますし、感覚的な要素が大きいと思うんです。
鍼灸なんて、基礎知識として医学生レベルの解剖学や病理学や生理学…、あとは東洋医学の知識の運用が5割くらいで、残りの5割は感覚が重要…と言っても過言ではないと思うんですよねぇ~。症状や病気に対してのツボの選択やツボの位置は、ある程度、知識として固定化してますが、ツボへの刺激量は数値化できませんし、ツボの組み合わせなどは、数多あるので、やはり感覚が重要なんですよねぇ~。
人って…よく…「良い・悪い」を、人それぞれの価値観で決めたがりますが、数値化出来る事が良くて、感覚に頼るのがダメだとか…。数値化より感覚が優れている!…というような、どちらが良い・どちらが悪いというような話しでは無いんです。…(^^;)
確かに科学は数値化できて、データーを蓄積する事で、分析しやすく人に伝えやすいし…。技術は職人芸ともいえるような感覚が大事です。まぁ~…どちらが優れているかというような事ではなく、両方…大事と言えば、科学も技術も大事な事なんですよねぇ~。
ただ、現代人は『無駄』を嫌う傾向にありますし、時間がかかる事は避けますよね。技術を習得するには、素養が問われたり、習得するのに時間がかかるわけですが、今後、無駄を嫌っている現代人が、技術を習得する事ができるのか?…って疑問に感じるんですよねぇ~。
そうなると…やはり、数値化できて分析に長けている科学に飛びつくでしょう。で…、ゆくゆくは、技術は身についていないけど、データや知識はたくさん持っている、いわゆる頭デッカチな人が、増えるんだろうなって思うんです。
先日、読んだ本に書いてあったんですが、頭…所謂『脳』と『こころ・からだ』の違いについての話しでした。『頭・脳』は、過去を振り返って、未来をシュミレーションする事で「~すべき」とか「~しなければならない」と効率重視で理論的に判断する思考で動くそうなんです。
逆に…『こころ・からだ』は「~したい」とか「好き」とか「心地良い」といった、シンプルな感覚を優先するそうなんですね!
なので、「したい!」「好き!」という心地良い、シンプルな感覚で思考して動こうとしても、脳が「~すべきなのか?」「それは今しなければならないのか?」…と効率的に考え始め、心と身体の意思が抑制され、心にすきま風が吹く…。
そういう状態が続くと、脳と心の乖離が生まれるのは容易に理解出来ますよね!
…という事は「鬱って心と身体の乖離…」って言われてるけど、その前段階として、「『脳』と『心・からだ』の乖離」が起こる事で、健康状態が崩れて、鬱になっていくんだろうなぁ~って思いました。
なんか…「脳と心」の関係性と「科学と技術」の関係性って似てる感じがあるんですよねぇ~。
僕は鍼灸師になって22年目ですが、そんな僕が思うに…
技術って、やり続けていれば、ある程度は身につくものなんですよねぇ~。
上手か?下手か?は別の話です。上手い・下手は素養や素質が随分影響すると思います。ただやり続けていると、技術って必ず身につくものなんですよねぇ~!
でも、最近のニュースを見たりしてると、人が技術を学ぶ事が出来る場所が、日に日に機械化されていると思うんですよぉ~。
単純作業だから…とか、機械化することで効率が良くなる…とか、人件費のコスト削減…とか「あぁ~そうなの!?」って理解できるような建前で機械化されていたりするんですが、今後…、僕らは、技術を習得する場所すら無くなり、感覚というモノを否定し始め、データに全てを委ねる…とまではいかないまでも、思考停止して生活する事が増えるような気がするなぁ~って思うんです。
鍼灸師っていう技術メインの仕事をしてると「これでいいのかな?」って思っちゃうんですよねぇ~。