この春…鍼灸師になる方々へ…♪

鍼灸の勉強や臨床をしていると、必ず「東洋医学の古典的な知識と、現代医学の知識が必要だな…」と感じます。

鍼灸の歴史って、中国では2000年以上前の、紀元前2世紀頃の漢の時代の文献に、経絡の事が書かれているので、それ以前から鍼灸治療は行われていた事になりますし、日本へは、西暦500年の頃から仏教の伝来と共に、漢方や鍼灸の医療が日本に伝わってますから、日本での鍼灸は、約1500年の年月をかけて成熟した医学という事になるんですよねぇ~。

それだけの年月の間に、先人達が色々な病気の症状を、鍼とお灸や漢方薬を使って治そうとした記録が文献として残っているわけです。

ただ、今も昔も難解な病気は存在するわけで…、鍼と灸や漢方薬で、全ての病気が治っているわけではない事は、容易に想像できます。

多分、文献に残しているものは、治療が成功した例を発表したり、後世に伝えたくて文献として残していると思うので、書かれているものは成功例が多いと思うんですね…。

でも…、いつの世も目立ちたい人や、虚言癖がある人は一定数いるものなので…(^_^;) 現代人の僕らは、本に書いてある事を鵜吞みにせず、その文献を精査しながら、読んで知識を蓄える必要があります。

まぁ~…精査する事に関しては、現代医学の本も同じで、今の常識が20年~30年後には非常識な事に変わっている事もありますし「今現在の常識が全て正しい!」…と、全てを鵜呑みにしない方が良いと思うんですねぇ~。

まぁ~…古典を勉強するにしても、現代医学を勉強するにしても、本に書いてある情報を鵜呑みにせず、疑いながら精査する。…というのは、いつの世も、勉強する上での鉄則なのかも知れません…。(^_^;)

もしも、「古典って難しいし…、漢字ばかりだし…、曖昧で難解だから…」と、鍼灸師が東洋医学の古典的な知識を持たず、現代医学の知識のみで治療をしたとするならば、それは、過去の蓄積された、先人たちの知識を無駄にしているという事になりますし、唯々…「もったいない…」の一言に尽きます。

僕の個人的な意見としては、現代医学は、お医者さんに任せておけばいいと思うんですよねぇ~。

基本的に現代医学の医療は、医師免許を持っている医師しか行えない事になっているので、最新の医療に関しては、鍼灸師が付け入る隙間もないのが現状です。…当然と言えば、当然ですよね!…(^_^;)

しかしながら、医学は日進月歩で進歩してますけど、人体の構造は、昔から基本的には変わってないはずなんですよね!人が病気になる過程や、体の中の免疫の働きなどは、昔の人も、今の人も変わらないと思うんです。

…なので、僕ら鍼灸師の仕事は、患者さんが、現代医学の治療を受けなければいけないくらい、体調が悪くなる前に…、薬や手術に頼らなければいけなくなる前に…、生活改善をアドバイスしたり、体に備わっている免疫システムに、鍼と灸を使って働きかけて、病気が重症化する前に、体調を整えてあげるのが鍼灸師の仕事なんですよねぇ~。

じゃぁ~…どうすればいいのか?…鍼灸師がとるべき道は?…と考えてみると、おのずと答えは出ると思うんです。

やはり…2000年以上前から蓄積されているデーター・ベースを利用する事なんじゃないでしょうかねぇ?

病気にも軽度なモノや重度なモノ…と、様々ありますから、過去のデーター・ベースを利用したからとて、手に負えない症状や病気は数多あると思うんです。

なので…、過去のデーター・ベースを利用しても、手に負えないものは、現代医学のお医者さんに任せればいい…。

しかしながら、人間の体は、複雑なようであるけれども、意外と単純な側面も持ち合わせているので、最新の現代医学でも手に負えない場合、原点回帰的な発想が功を奏す場合も、無きにしも非ずだと思うんです。

例えば…、偏った食事をしていた人が、食事の内容を和食に変えたりする事で体調に変化が出てきたり…。仕事で忙しく、日々全く運動をしていなかった人が、山を登り始めたり、日ごろから運動をして、体を動かし始めたら、病気が治った例は、時々、聞きますしね!

それと…、歴史を振り返ってみると、現代医学が、2000年以上前から蓄積されているデーター・ベースを、全て網羅した上で、構築されているものでは無いと思うんですよ!

現代医学がデーター・ベースを全て網羅しているのであれば、鍼灸や按摩・マッサージなどを、代替医療などという扱いではなく、メインストリームな医療の基礎として扱われていると思うんです。

でも、現状は、そうでは無く…、西洋医学を補う医療。もしくは…エビデンスが乏しいと揶揄され、基本的に健康保険が適用されないのが実情です。

近代の歴史になりますが、過去…、明治時代から昭和後期までの約100年間、漢方医学ですら日本の医学界の中から排除しようと、していた歴史があるわけですから、今の現代医学は、過去のデーター・ベースを軽視した土台の上に構築されていると考えられるので、まだまだ古典の中には、色々なヒントが埋まっていると思うんです。

まぁ~…明治から昭和にかけての、漢方医学を排除する風潮の医学界で、「これじゃぁ~いかん!」と、漢方復興に尽力された、お医者さんが幾人か存在していたから、今・現在、漢方治療が復活しているわけですよね!

鍼灸も、同じ時代に排除の憂き目に遭っていて、昭和初期に鍼灸復興に尽力した先人たちがいらっしゃったから、今現在、鍼灸治療が存続できているわけです。…でも、代替医療という枠組みの中での復活ですけどね…。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉がありますが、何事も歴史から学ぶ事って、すごく多いと思うんですよねぇ~。…この場合、「賢者は歴史に学ぶ…」は、「賢者はデーター・ベースに学ぶ…」で良いんじゃないかな?…(^_^;)

漢方などを学んでいない、普通のお医者さんも、古典と言われる、このデーター・ベースを利用できますが、現代医学のお医者さんは、最新の医療を治療に活かす事で、手いっぱいだと思うんですよねぇ~…(^_^;) 多分、現代医学のお医者さんは古典の勉強などを、やる暇が無いと思うんです…。

漢方を扱う、お医者さんは、当然、古典の勉強はされてますが、漢方医のお医者さんでも、鍼灸に関して理解が深い人って、ほんの僅かだと思うんですよぉ~…。なかには「鍼灸なんか効くの?」…って言う漢方医もいるくらいですから…、鍼灸の古典に関する文献に関しては、漢方医は手を出さないんじゃないでしょうかねぇ~。

なので、鍼灸に関する古典のデーター・ベースを理解できるのは、鍼灸師しかいないと思うんですよ!

まぁ~…足三里は胃腸に効く…だとか、肩こりには肩井穴だとか…、ハンドブックに載っているような定番的な事ではなく、古典を、もっと深く読み込む事で、ツボの組み合わせとか、使うツボのタイミングとか…、まだ世間一般では知られていないツボの効果が、宝探しのように、まだまだ古典の中には埋もれていると思うんですよねぇ~。

この宝探しを「分かりずらいし…、面倒くさい…」と、放棄してしまうと、鍼灸師としては片輪走行になってしまうので、薄っぺら…とは言わないまでも、治療の幅に厚みがでず、臨床経験が長くなれば、長くなるほど、鍼灸師としての治療の限界を感じる事が多くなると思うんです…。

ただね…

古典ばかりやっていても、駄目なんですよねぇ~。

患者さんに、病気の状態や、なぜ、このような症状が出ているか?…など、病気の事や、症状を説明する際、「虚」だの「実」だの…「邪」がどうした…、「気の流れが…」と言っても、患者さんや一般の人は、チンプンカンプンで目を丸くするでしょう…。

いま時、患者さんもネットなどで、ある程度の医学知識や、自分の病気に関しての知識を持ってますから、お医者さんほどでは無いにしても、一般の患者さんより、少しでも多く、鍼灸師は、現代医学の知識を持っていた方が、信頼度も高まるってものですし…、鍼灸師が患者さんに症状を説明する時は、古典や東洋医学の話を、今の生活や、日常に起こる現象に例えて、現代医学の知識を交えながら説明すると、納得されやすいと思うんですよねぇ~。

先日、カレンダーを眺めていて…

たしか、毎年…2月の最終日曜日が、鍼灸師の国家試験で、合格発表が3月末頃だったよなぁ~…って、23年前の自分を思い出したもので…。

これから、鍼灸の国家試験に合格して、新たに鍼灸師になる人が、世の中に出て行くんだよなぁ~って思うと…、先輩風を吹かせる柄じゃないんですが…

「鍼灸師には、鍼灸の古典の勉強と、現代医学の知識は必要だよ!」

…って事を、この春、新しく鍼灸師になる人達に伝えておきたいな…と思ったもので、ブログに書いてみました♪

…おしまい。

歩数…♪

ふと…目にした記事に目が止まったんですよ…。

2年前くらいの記事なんですが『75歳を待たずに死亡、なぜ増えているのか 無事通過するには…生活を若い頃と大きく変える〝65歳以前の努力〟が必要』というタイトルの記事。

この記事を書いてる人は、医師でありジャーナリストという肩書を持つ人らしいんですけどね…。

この記事を読んでみると、TVでよく見ていたタレントさんや歌手…いわゆる芸能人の訃報は大きく扱われるので、有名人ほど早死にするように見えるけど、75歳前後は『団塊の世代』といわれる人達で、厚生労働省の発表によれば、男女共に平均寿命を待たずに多くの人が亡くなっているんだそうな…。

でもって…

日本の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳。健康寿命は男性が72歳で、女性は75歳らしんですよね。

で…

男性は75歳までに、約4分の1が亡くなって、平均寿命の81歳までには、半数が亡くなるそうなんです。

女性は約3分の1が85歳までに亡くなって、平均寿命の87歳までに半数が亡くなっているんですって!

近頃は、人生100歳時代だと、声高に叫ばれて100歳以上の人は、去年の段階で、9万人強…もうちょっとで10万人くらい、いらっしゃるらしんです。

でも…100歳時代と言いながらも、平均寿命で半分の人が亡くなるという現実は変わらないんでしょうねぇ~。

数か月前に見たNHKのTV番組で『遺伝子の解析で哺乳類の寿命が分かる』…というのをやっていて、学者さん曰く、「自然界の中で生きる動物としての人間の寿命は38歳」…って言ってたんですよねぇ~。

たしかに、以前…読んだ本に、縄文人とか弥生人の寿命は38歳って書いてあったように記憶してますし、戦国時代の頃、織田信長が「人間…五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり…」って言ってのは有名な話ですが、科学的な根拠は無いけど、当時、戦国時代の人って、50歳まで生きれれば御の字…的な考え方だったんでしょうねぇ~。

たしか…、そのNHKのTV番組では1900年の世界的な平均寿命は48歳で、ここ100年で急激に寿命が延びたというような事を言ってましたねぇ~。

多分、医療の発達や、居住空間の改善や、高カロリー・高タンパクな栄養価の高い食べ物を食べるようになった結果、寿命が延びたって事だと思うんですが、寿命が延びたおかげで、老化や認知症や心疾患、…栄養価が高い食べ物を食べる事での弊害…、肥満や成人病などの病気と対峙しなければいけなくなっているって事でしょう。

…で、

男性は75歳で4分の1…、女性は85歳で3分の1が亡くなる…。

このハードルをクリアする為には、どうすればいいか?…って事ですが…。

この記事にも書いてありましたけど、75歳の壁を無事に通過できる方法としては、75歳になる10年前…、もしくは、それ以前から運動や食生活や睡眠などの生活改善がキーポイントになるという事が書かれてました。

結局、歳を取ってくると柔軟な考え方が出来なくなり、「生き方を変えたくない…」とか「若い頃は…」…と、過去の栄光…とまではいかにまでも、若い頃に戻ろうとする傾向にあると思うんですが、一番重要なのは生活環境をや生活パターンを変える事が重要だと思うんですよねぇ~。

まぁ~…鍼灸師の僕が言っても、右から左へ聞き流す人は多いけど、大学の教授とか、お医者さんが言うと、聴く耳をもってくれたりするんですよねぇ~…(^_^;)

そこで…、発言力に乏しい鍼灸師の提案ですが、万歩計を買ってみましょう!

歩く事って、とても理にかなった治療法だと思うんですよねぇ~。

検索で… AI によれば、健康維持のための1日の歩数目安は、全世代で8000歩なんですって!

65歳以上は6000〜7000歩で生活習慣病や転倒予防が期待できるそうなんです。

で…

最新研究によると、1日に4000歩以上歩くと、全死因による早期死亡リスクが低下し始めるんですって!

心筋梗塞や脳卒中などで死亡するリスクは、1日わずか2337歩以上で減少し始めるんだそうな…。

あとね…

1日7000歩以上歩く人は、2000歩しか歩かない人に比べて全死亡リスクが約47%低下するというデータもあると書いてありました。

まぁ~確率の問題だから、歩いたとて…、病気になる人は病気になるし、ならない人は、ならない…。

けど…俯瞰的に見て、体を動かしている人の方が健康的ですよねぇ~。

実はね…、私事ですが…、去年の年末に万歩計を買って、日常を過ごしているんですけど、外出せずに家の中をウロチョロして1日を過ごすと、約2300歩なんですよねぇ~。

でもって…、ウチの治療院から約1Km先の七隈線の野芥駅の往復で約3000歩。

なので、1日治療院で仕事をして、野芥駅まで散歩をすれば、1日、約5300歩は歩けるって事なんです。まぁ~1日、これくらい歩いておけば、最低限の歩数は確保できるって事ですね。

あと…

休日に天神へ行く事がある時は、天神をウロチョロして、天神から博多駅まで歩いたりするもので、そんな時は、1日、約15000歩になったりします。

歩く事って健康への近道なので、ウチに鍼灸治療を受けに来てくれる患者さんには、歩く事や、低山に登る事を勧めてるんだけど、歩く事を嫌がる人が多いんですよねぇ~。

まぁ~…基本的に…大雑把に考えると、全ての体調不良は血行不良が原因と言っても過言では無いと思うので、歩く事って凄く重要な治療法でもあるんですよ!…歩く事で、全身の血行が良くなりますし、筋力もつく。

ただ、背筋を曲げたり、膝や腰に負担がかかる歩き方で、一生懸命歩いても、負担が大きくなり、痛い箇所が増えるだけになってしまうので、姿勢に気を付けながら歩く事が重要なポイントですけどね…。

歩く事が出来る人は、出来るだけ歩いた方が良いです。

歩けない人に対する鍼灸治療は…

………。(-。-)y-゜゜゜

今、頭に思いつく治療法としては、大腿四頭筋にパルスの鍼をして、筋収縮を起こさせて、運動した状態にする…。…そのくらいしか思い浮かばないなぁ~…。

鍼灸師の僕が言うのもなんですが…

ツボに鍼をしたり、お灸をしたりするより、歩く事で体を動かす方が、確実に全身の血行を良くできますし、健康維持には向いていると思うんですよねぇ~。

ただ…

人の体って言うのは、疲れると血行が悪くなりますし、無理をすれば関節の可動域が狭くなり、首や肩や、背中や腰や膝が痛くなるものです。…そんな時には、迷わず鍼灸治療で体をフラットな状態に戻す事をお勧めします。

あぁ~…良かったって事なのね…

カルテの保存期間は5年…となってます。

鍼灸院の場合は病院のような電子カルテではなく、どこにお灸をして、どこに鍼をどんな手技で施術したのか?…、患者さんはどこか痛いと訴えているのか…、体調はどうなのか?…などなど、必要と思われる情報を書き込んでいる自作のカルテではあるのですが、5~6年、来院が無い患者さんのカルテは「そろそろチェックしようかな…」と年に一度、整理をするんです。

患者さんが来院しなくなった理由としては、大まかに2つの理由が頭に浮かびます。

一つは、症状が消えて日常生活が出来るようになったから、もう鍼灸院に行かなくてもいいや!

…という理由と…

もう一つは、あの鍼灸院の治療は効かないから、別な治療院に行こうかな…!

…と、他の治療院や病院に行き先を変えるパターン。

まぁ~…このどちらかだと思うんですよねぇ~。

鍼灸師の僕らが、治ったから来ないのか?治療の腕前を見限られて来ないのか?…を知るすべは無いんですよねぇ~。

まぁ~電話でもして「なんで来なくなったんですか?」と問い合わせれば分かるかも知れませんが、そんな事をしたら、気持ち悪がられるに決まってます…(^_^;)

だから、治ったのか?治っていないのか?…を知る事は出来ないんですよねぇ~。

でもね…

一つだけ、その答えが分かる時があるんです。

それは、治療院に来なくなった患者さんが数年後に再び来院された時、もしくは来院されなくなった患者さんの紹介で、別な人が鍼灸治療を受けに来られた時…。

そんな時に「あぁ~…僕の治療は間違ってなかったのね!…ウチの治療を良いって思ってくれてたんだ…」って思うんです。

去年の年末から、ここ3ヶ月くらい…

そう感じさせてくれる患者さんの来院が多かったので、そんな事をブログに書いてみようかな…と思った次第です。

数多ある鍼灸院の中で、ウチの治療院を選んでくれて、ありがとうございます。…って感じですね。(^^♪

珈琲についての素人的考察…♪

いつも、このブログは体の事や健康の事…、鍼灸の事に関して書いているので、今回はチョイと休憩するとして、珈琲についての素人的考察を書いてみようと思います。

僕は毎日、珈琲を一杯は飲みます…♪

まぁ~少し拘りはあるので、気に入った珈琲豆を定期的に購入して、届いた豆は冷凍庫で保存して…と、まぁ~…本やネットで仕入れた知識を実践してるって感じですかねぇ~…(^_^;)

珈琲豆は、そんなに値段が高い豆ではなく、定期購入しているので200g750円くらいの珈琲豆で、200gだから20杯飲めるとして…、750÷20=37.5。…1杯37.5円だから、そんな贅沢品ではないと思うんですよねぇ~。

…でも、物価が上がっているから、来月ぐらいから200円くらい値上がりするって通知が来てたかなぁ~…(-_-;)

時々、街を歩いていて、自家焙煎している珈琲豆屋さんを見つけた時に、いつも飲んでる珈琲豆とは違う豆を買ったりはしますが、基本的に同じ珈琲豆を飲む前にミルで挽いて淹れた珈琲を飲んでます。

毎朝、自分で珈琲を淹れて飲むようになったのは20歳くらいの頃だから、かれこれ珈琲好きになって40年くらいって感じでしょうか…

ここで、不思議に感じる事が1つあるんですよねぇ~。

同じ珈琲豆を使っていて、同じ工程で珈琲を淹れているはずなのに、味に変化が生まれるんですよぉ~。

ちょっと考えてみたんですが、いくつかの事が原因じゃないかな?って思うです。

まずは…

…静電気…

20歳の頃に買った珈琲ミルを未だに使い続けてるんですけど、上でハンドルをグルグルと回して、ガリガリと豆を挽き、下の木の受け皿というか…木の箱に珈琲の粉が溜まるタイプの、オーソドックスな珈琲ミルなんですが、最近気が付いた事の1つに、木の箱から珈琲の粉をペーパーフィルターに移す際、珈琲豆の薄皮や微粉が木の箱の側面にくっ付いている事もあれば、くっ付かずに全ての粉が綺麗にペーパーフィルターに入る日がある事に気が付いたんですよねぇ~。

誰だったかな?…以前、TVを見ていて、世界大会で賞を取ったバリスタの人が「クリアな珈琲が飲みたければ、網の目が細かいメッシュ素材のフィルタで微粉を取れば、珈琲の味が変わりますよ!」って言ってるのを聞いて、100円ショップでメッシュ素材の茶こしを買って来て試してみた事があったんですよ!

そうしたら、本当にクリアな珈琲になったんですよね!

でもね…個人的には、クリア過ぎて、好みの珈琲の味ではなかったから、それ以来、微粉を取る事はしなくなりましたが、ここ最近…静電気で微粉がミルの木の箱にくっ付いている事があり、それをペーパーフィルターには入れずに廃棄するようにしたんですよねぇ~。

そうすると、少しだけクリアな珈琲になり酸味と苦味と甘味が良い感じなんですよ!

雑味って言ってしまうと、余計なモノって感じるかもしれませんが、ある程度の雑味って、味を構成するのに必要なモノだと思うんですよねぇ~。

季節的に乾燥していない時というか、湿度は天気によって変わりますから、静電気が起きやすい日もあれば、起きにくい日もあるわけで…

それによって珈琲の微粉が除去されるか?除去されないか?で珈琲の味って確実に変わると思うんです。

それと、お湯を注ぐ量や温度でも味は変化すると思います。

ウチでは、いつも2人分淹れるんですが、嫁さんは薄目の珈琲が好きなので、2杯分の豆で3人分くらいの珈琲を淹れます。

先月まで、カリタの台形のペーパーフィルター(1~2人用)を使っていたんですが、僕が使っている珈琲ドリッパーの大きさに合わず、1~2人用のペーパーフィルターだと少し小さすぎたんですよねぇ~。

なので…豆を蒸らした後、お湯を注ぐにも回数が増えたりしていたのが、今は2~4人用のペーパーフィルターに変えたから、気兼ねなく3回ほどでお湯を注ぎきれる事で、好みの濃さに調節できるんですよねぇ~。

何となく…個人的な感想ですが、3~4人の珈琲を淹れるより、1人分もしくは、2人分の珈琲を淹れる方が難しいような気がするんですよねぇ~。…まぁ~…慣れなのかなぁ~?(^_^;)

珈琲を商売にしているわけではなく、家庭で楽しむアイテムとして珈琲を飲むわけなので…、

静電気で左右される珈琲豆の微粉だったり、お湯の温度だったり、ドリッパーから落ちる速度だったりと、味に関しては色々な事が影響を受けたりしますけど、毎回ハンコで押したような同じ味ではなく、変化を楽しむっていうのも、家で淹れる珈琲の楽しみ方の1つなんだろうなぁ~…って思うんですよねぇ~。

すぐに取れる痛みと、すぐには取れない痛みについて…

ウチの治療院に初めて来られる患者さんで、時々…

「以前、鍼灸治療を受けた事があるんですけど、痛みが一発で取れたんですよぉ~!」

…と仰る方がいらっしゃいます。

この「一発で治った…」とか「一回で治った…」という言葉ですが…

いつも、こういう話を聞く度に、これは素直に、「鍼灸って、とても良い治療法ですね!」…と、患者さんが、鍼灸治療を信頼されている事で、発せられた言葉として受け取っていいのか?

…それとも、言葉の裏を読んで…「以前、行っていた鍼灸院の先生は一発で治す事が出来たけど、あなたは、この痛みを一発で取る事ができますか?」…って、僕の鍼灸の腕前を試しているのだろうか?…(^_^;)…と、勘ぐってしまいたくなる言葉でもあります。

まぁ~…僕の希望としては、前者であって欲しいんですけどね…。(^_^;)

こういう…「一発で…」という話をされた患者さんには、いつも、こんな話しするんです。

「痛みには、すぐに取れる痛みと、すぐには取れない痛みがあるんですよ」…って。

基本的に、鍼灸院に来られる患者さんは、どこかが痛くなって…来られるわけですが、痛みにも色々な種類があり、原因も様々です。

なので、患者さんに、分かりやすく説明したいので、例え話として、筋肉痛の話をします。

筋肉って伸びたり縮んだりするものですけど、ある動作をする時に、伸びるはずの筋肉が、何らかの原因で固くなってしまい、伸びなくなる事で痛みって起こるんですよねぇ~。

筋肉が固くなる原因としては、姿勢が悪かったり…、猫背だったり…、デスクワークで長時間座って仕事をしていたり…、スマホを長時間見続けたり…、まぁ~色々な事が原因で、伸びるはずの筋肉が固くなってしまうんですが…

こんな時は、鍼と灸を使って、固くなっている筋肉を緩めてやると、通常の動作が出来るようになり…

「あっ!痛くない!一発で治った!」

…となるわけです。

でも、筋肉が損傷を起こしている場合は、一発で…という訳にはいきません。

筋肉が損傷しているって事は、例えとして、外傷と言われる、切り傷や、擦り傷が筋肉の中で起こっているのと同じなので…

通常、外傷の切り傷は、止血して出血がとまり、傷が塞がって、痛みを感じなくなるまでには、ある程度の時間が必要な事は、皆さん御存知だと思います。

それと同じ事が、筋肉に中で起こっている場合は、傷が治るまでの時間が、どうしても必要になるから、治療に時間がかかります。

しかも、損傷の度合いにもよりますが、損傷部位が古傷になっていたり、過去に手術で何らかの処置をしないといけないような事があった場合は、完璧に元通りに戻るという事は、なかなか難しいですね…。

ただでさえ、歳を取ると体力も落ちますし、体の再生能力も低下しますしね…。

そこまで酷くなると、日常生活が出来る事を第一に考えて、損傷部位に負荷を与えないように、現状維持に最善を尽くすという事になるんですが、多くの患者さんは、以前のような元気な体を取り戻したいという気持ちを抑えられず、色々な治療を試される方も多いですね…。

何度も、このブログに書いてますけど、人の体って、ある程度の事だったら、自己治癒力で治す事が出来るんですよ!…それには細胞の再生など、時間を要するわけですが、ボーダーラインのようなものがあって、そのボーダーラインを越えなければ、体が持ち合わせている自己治癒力で回復できるんですけど、ボーダーラインを、ちょっとでも超えてしまうと、体の自己治癒力では、どうしようもなくなるので、手術や…、例えば、抗がん剤のような強い薬を使わなくてはいけなくなる。

できれば、ボーダーラインを越えない範疇で、治すように心がけたいものですよねぇ~。

鍼灸治療って、そのボーダーラインを超えないようにする、お手伝いをする治療でもあるんですよね!

「痛くなったから鍼灸治療を受ける…」というのもアリだと思うんですが、日頃からボーダーラインを超えないように、運動して、食事も体に良い食事を心がけて、よく噛み…、睡眠時間を確保して生活する。

…でも、歳を取ると体は老化していきますし、若くても疲れが蓄積すると、そこかしこが痛くなるものです。そんな時、日常生活に鍼灸治療という選択肢を取り入れて生活すれば、回復も早まり、良い歳の取り方が出来るはずなんですよねぇ~。

でも、今の時代は、医療の発展もあり、悪くなっても、薬や手術で何とかなると信じ切っている人が多いので、鍼灸など、時代遅れの代物だと思っている人も少なくないのが現実です。

まぁ~…鍼灸師の僕が言える事は、ボーダーラインを越えないようにすべきだという事に気が付いた人が、鍼灸を生活の一部に取り入れてくれたらいいと思うのと…、このブログを見た人が「生活改善をしてみようかな…」という気持ちになって欲しいな…という、淡い期待をもとに、ブログを書き続けてます。

でも…、そんなに多くの人の目に留まるブログでは無いので、期待薄…ですけどね…(^_^;)

軽いジレンマ…

鍼灸師になってからというもの…、この時期…軽いジレンマに襲われるんですよぉ~。

どういう事かって言うとね…

1月って、初詣で神社にお参りに行ったりしますよね…。

商売繁盛を祈願して十日恵比須神社に行って、福引を引いて「大当たり~!」とか「宝船~!」「福包み~!」と掛け声を掛けられ、福笹とか熊手とか、そろばんや干支の置物をもらうのが、福岡のお正月の始まりって感じなんですが…

鍼灸師になる前だったら、素直に「商売繁盛!」を祈願して、福引も引いてましたけど、鍼灸院が繁盛するって事は、病人が増えるって事だよねぇ~?…って考えると、少し二の足を踏んじゃうんですよねぇ~。まぁ~僕は…家内安全を願ってお参りはしますけどね…(^_^;)

「固い事言わずに…」とか「考えすぎじゃない?」って言われたりもしますが、どうしても『医は仁術』という言葉が、頭から離れないんですよねぇ~。『医は仁術』って言葉を捨ててしまうと「医業って何???」…って感じになってしまい、自分のやってる事に胸を張れないというか…、大事なものが自分の中から無くなっちゃうような気がするんですよ…。

なんとなくですが…

『医は仁術』という言葉を捨ててしまうと、患者さんが利益を生み出す商品のように見えてきたり、思えたりするんじゃないでしょうかねぇ~。…そうなると、呼称が「患者さん」ではなく「患者様」になっちゃったりするんじゃないかな?…(^_^;)

ただ…、鍼灸を生業としている限り、鍼灸治療を施し、対価としていただく代金で、生活をしているわけなので、ある程度の収入がないと生活が出来ないから、儲かるに越した事はないんでしょうが、やはり頭の片隅に『医は仁術』という言葉が門番のように立ちはだかっているんです。

まぁ~…どう考えても、鍼灸で財を成す事なんか到底無理なのは、火を見るより明らかですけどねぇ~…(^_^;) 人それぞれ、歳相応の人並な生活はしたいという願望は、誰しも持っているはずですし、やはり、考えを割り切れるか?…割り切れないか?…って事なのかなぁ~…とも思います。

まぁ~割り切った考え方で全てを解決しようとするならば…

僕が神社で商売繁盛を祈願しようが…、祈願しまいが…、人は老いていくものですし、この世の病気が無くなる事はないと思うので、それはそれで、割り切って考えた方がいいんじゃない?

…という考え方がベターなのかな…。

でも…僕は、割り切った考え方が出来ないので、毎年、この時期…軽いジレンマに襲われるんです。

「医は仁術なり…」っていう言葉は、「医は仁術なり、算術にあらず」という、医師は利益を追求せず、患者を救うことを第一義とするべきだという心構えを説いた言葉ですが、近頃は医が算術に傾いている話を時々、聴くんですよねぇ~。

やはり…病院といえども経営しなければいけない訳なので、働いている人達の給料や設備を整える為に、ある程度の利益を生み出さないと、病院も維持できなくなるのは重々承知してます…。

先日、僕の知り合いで、いくつかの病院を掛け持ちで働いているお医者さんと話していた時に「メインで勤めていた病院の院長が代替わりで、息子に変わって以降、必要ないと思われる検査をするように指示されたり、薬を必要以上に処方するように指示されるようになったので、もうあの病院を辞める…」って、話を聞いて、やっぱ…そういう病院もあるのねぇ~…って思いました。

一般人からすると、お医者さんって、絶対的な知識と技術を持っていて、勉強して頭がいい人が就く職業というイメージがあると思うので、お医者さんから「この検査をします…」とか「このお薬は必ず飲んでくださいね!」と言われたら、疑問に思わず従いますよねぇ~。

でも…、全てがそうでないとしても、世の中には「医は仁術」ではなく、利益を生み出すために動く、病院や、お医者さんも、実際には、いるという事を認識しておいた方がよさそうです。

これは、以前、ブログに書いたことがあるんですが、何年前くらいからでしょうか?15~20年くらい前からかな?整骨院に交通事故の旗が、たなびき始めたのは…。『交通事故』っていう旗が店頭でたなびいていたり、「交通事故に遭われた際はご相談ください!」的な広告が、ガラス窓に貼られていたりするのを見るたびに、「交通事故の大売り出しかよ!」って、呆れちゃっていたものですが、近頃は整形外科の玄関先にも『交通事故』の旗がたなびいていたりしますからねぇ~…(^_^;)

もう、「医は仁術」って言葉は過去のもので、「医は算術」となってしまってるのかもしれません。

そう言えば、先日のNHKの朝に放送されている『あさイチ』で医薬品依存の過剰摂取…、いわゆるオーバードーズについて特集を組んでましたねぇ~。

あの番組によると、処方薬のオーバードーズは30歳~50歳代の女性に多いんだそうです…。

確かに、ウチの鍼灸院の患者さんでも、これに該当する女性の患者さんがいて、問診とか、治療中の会話で、体調が悪くなってるのは薬の過剰摂取かなぁ~…と思われる人には「薬の量を減らすように、お医者さんに相談してみたら?」…と、やんわり伝えたりするんですが、薬に頼る事に慣れてしまっている人は、なかなか聞き入れてくれませんもんねぇ~。

「眠れないから…」という事で、敷居が低い睡眠薬から始まり…、薬の量が増えて…だんだん手元に薬が無いと安心できなくなり、色々な病院に通院する事で薬を入手する。…まぁ~これを防ぐために、お薬手帳を普及させているんでしょうが、オーバードーズになる人は、あの手この手を使って薬剤を入手するんでしょうねぇ~。

女性が多い理由としては、心身の異常を感じると、男性より女性の方が病院に行く傾向にあるらしいんですよ!…でもって、社会的な事も加わって、就職氷河期で学歴やキャリアが反映されない事と、子育ての辛さを乗り越える為に、薬で乗り切ろうとする事が、オーバードーズにつながるらしんですよぉ~。

あぁ~…あとね…

ドラッグ・ストアーで買える市販薬でもオーバードーズが増えているらしいんですよねぇ~。…まぁ~これはドラッグ・ストアーが乱立しているって事が原因でしょうねぇ~。

眠るため…とか、生理痛に薬剤を使う際は、用法用量を守れば薬として効果を得られる訳なんだけども、気分を紛らせたり、辛い気持ちを、やり過ごしたい時…、そんな時に、薬でやりすごそうとし始めると、オーバードーズになりやすくなるって事なんでしょうねぇ~。

生活パターンの改善より、生活パターンを変えずに、薬で手っ取り早く治したいという気持ちがある人は要注意でしょう…。

軽いジレンマに話を戻しますが、考えを割り切るか…、1月が過ぎ去るのをジッと待つか…(^_^;) 武士は食わねど高楊枝…と、背に腹は代えられぬ…の、せめぎあいは、永遠の課題でしょうねぇ~。

究極の医学について考えてみた…

ある時、ふと…「究極の医学って何かな?」という疑問が頭の中に浮かんできたんです。

そう言えば…、僕は子供の頃から、学校の授業中に、授業とは全く関係ない事が気になり、気になった事に関して色々な妄想をしたり、考えてみたりして授業中を過ごしていたので、確実にテストの点数は悪かったし、通信簿の評価が良かった事など一度もなかったと思います…(^_^;)

なので、何かについて疑問に感じたり、あの事について調べてみようかな…と、ふと思う事は、子供の頃から日常茶飯事だったわけで…

裏を返せば…子供のころから、今も昔も、なんら変わらない思考回路なのかもしれませんねぇ~…(^_^;)

話が脱線しましたが、「究極の医学って何だろう?」という疑問についてですけど…

近頃はスマホやPCで「…とは」と検索すればAI君が、ある程度の答えを出してくれるから、それを参考の一つとして考察してみるんですが、そもそも「医学って何?」って質問が出たらどう答えるかな?と思い、「…とわ検索」してみたところ、AI君によれば…

『医学とは、人体や病気の仕組みを科学的に研究し、病気の予防・診断・治療・回復を通じて、人々の健康維持と生活の質(QOL)向上を目指す学問…』

…なんだそうな。まぁ~…さもありなん。っていう、優等生的な感じの答えですね!…間違った事は何一つないって感じの答えだと思います。

じゃぁ~「究極の医学とは…」で検索したら、AI君は何いて答えるのかな?って思って検索してみたところ…

『「究極の医学」は一つの定義はなく、人間全体を看るホリスティック医学、生命の科学としてのアーユルヴェーダ、断食やヨガを取り入れた自然療法、チベット医学、宇宙医学など、多様なアプローチを指し、真の健康は心身の調和、予防、生活習慣全体から目指す考え方が主流です。特に現代医学が部分に偏りがちな反省から、全体性や精神性、根源的な生命力を重視する方向性が「究極」として注目されています。』

…という答えだったんです。

なんか、医学の前に究極という文字が入るだけで、「医学とは」という問いの答えとは、明らかに毛色が違う答えをAI君は導き出しているように思えるんですよね!

これを見ると、究極の医学は、今、現在、現代医学が代替医療という、現代医学と差別化をはかるために区分けしている分野のモノが、究極の医学だという事になるわけで…、

いわゆる、「エビデンスが無い…」「非科学的だ!」と、批判されがちな医学が究極な医学だという事なんですよね!

ここで、わざわざ調べなくても、皆さんは御存知だと思いますけど、『究極』を辞書で調べてみると『物事を押し詰めて行って、最後に達する所。とどのつまり。』と辞書には書いてありました。

いわゆる…最後にたどり着くモノ…。そう考えると、代替医療と呼ばれて、蔑まされがちな医療は究極なもので、コレ以上のものは、今のところ無いという事になりますよね…。

まぁ~…将来、どんな病気でも治る薬や、不老不死の薬が発明されたら、この図式は変わるかもしれませんが…(^_^;)

僕ら鍼灸師も、現代医学の人達からは代替医療という枠組みに入れられて、肩身の狭い思いをしてますが…(^_^;) 究極の医学の枠に入ってると思うと、悪い気はしないですねぇ~…(-。-)y-゜゜゜

あっ!…代替医療って何?って思ってる人がいるかも知れないので、またまた…AI君に解説してもらう事にしましょう。

AI君によると…

『代替医療とは、現代西洋医学(通常の医療)の「代わり」に用いられる、科学的に確立されていない、あるいは保険適用外の医学・健康法全般を指し、漢方、鍼灸、アロマテラピー、食事療法、ヨガ、免疫療法など多岐にわたり、QOL向上や西洋医学で対応しきれない部分を補完する目的で、近年注目されていますが、自己判断せず医師への相談が重要です。』

…という答えでした。

結局、今の現代医学のサポートという位置づけで、階級でいうと現代医学の下。サッカーでいうところの、現代医学が J1なら代替医療はJ2・J3…。いわゆるヒエラルキー構造を明確にさせる為にある言葉が『代替医療』という言葉に込められていると思うんですよねぇ~。

話は、少し変わって…

僕が思う『究極の医学』について書いてみようと思います。

一般的に医学って、お医者さんが診察して薬を処方したり、手術で悪くなった病巣を取り除いたりするのが医学だという認識だと思うんですよねぇ~。

じゃぁ~『究極の医学』って何かな?と考えた時に、薬を処方して病気を治したり、手術で病巣を取り除いて病気を治す事ではなく、いかに病気にならないように過ごせるようにする事が、究極の医学だと思うんですよね!

そう考えると、頭の中にある人物の名前が浮かぶんです。

2019年にアフガニスタンで亡くなられた中村 哲さん。

彼がやろうとしていた事って究極の医学だと思うんですよ…。この土地の人達が、いかに病気にならずに、健やかに過ごせるようにする為には、水の確保が必要だという事で、井戸を掘ったり、水路を作ったりされたわけでしょ!

これって、みんなが健康でいるため…、病気にならないための行為であり、究極の医学だと思うんですよ。

それを踏まえて…

じゃあ、僕らの生活で究極の医学を取り入れるには、どうすればいいのか?…と考えると、今の日本で水路や井戸を掘る必要はないし「水路を作れ!井戸を掘れ!」と言われても出来ませんよね…。

結局のところ、究極の医学って、とどのつまりが、水や食べ物、睡眠や運動に直結していると思うんです。今の日本の生活は便利な方を選び、手間がかかると億劫になり、楽して何かを行おうとする傾向にあるので、食事や睡眠や運動に関しても楽な方…楽な方…を選びがちになり、究極の医学からは縁遠い生活になり、病気が増えている。

これが、今の日本の現状だと思うんですよねぇ~。

もっと、僕らは、食べ物のチョイスや、生活パターンの改善…などなど、今以上に自分の体の事を考えて行動する事が、究極の医学の一役を担う事につながると思うんです。

正論だから…とて…

何が言いたいのかというと…

間違っている事を「それは間違ってますよぉ~」と相手に伝えるために、どう伝えればいいのか?

時々、悩んじゃうんですよねぇ~。

これって…、とても難しいなぁ~って思う事が多いんです。

まぁ~…、本音を言えば、本当に自分が言ってる事が正しいのか?どうなのか?…なんて、医学の世界でも20~30年前の常識が、今では非常識…って事もあったりしますからねぇ~、ホントのところは分からないんですけどね…(^_^;)

まっ…それはさておき…

正論だからといって、上から目線でガンガンと正論を言ったとしても…

聞く側の人の、心の持ちようで、時と場合によっては…「そんな事、分かってるんだよ!うるせぇ~なぁ~!」って思われたとしたら、意味なくなりますしねぇ~。

…かと言って…、やはり…、仕事上…、ちゃんと正しい事は伝えなければいけないしなぁ~……って感じる事が多いんですよねぇ~。

相手に、やる気を起こさせる。…というか、気が付いてもらう…というか…、丁度いい塩梅で相手に物事を伝えないといけないのだけれども…

治療者として体を治す事に関しては、「…こうしないとダメですよ!」…と、ついつい言い過ぎてしまった後で…「あぁ~…あの時は…言い過ぎたかなぁ~」…って思う事があるんですよぉ~…(^_^;)

御存知の通り…、僕らの仕事は、患者さんの訴える症状を、治す方向にもっていく事なんです…。

毎度、毎度の話になりますが、鍼灸治療って、鍼や灸が病気を治すわけではないんですよね!…もっと大きなくくりで話せば、医療って…手術や薬が体を治すのではなく、自己治癒力で体が治ろうとしているのを医療は手助けをしているだけなんですよね!

だから、体が衰えてしまうと、いくら高価な薬を使おうが…、神の手を持つ名医に手術してもらおうが…、何代も続く家柄の名人と言われる鍼灸師に鍼や灸をされようが…、体がダメになってしまうと、どうしようもなくなる訳で…

やはり、患者さん御自身が、自分の体を、どう把握しているか…?

体が発する声というか…警告に耳を傾けているのか?

…という事が重要なポイントなんですよねぇ~。

この考え方は、「薬さえ飲めば治る…」とか「手術でダメな所を取ってしまえば治る…」というような、思考の人は、全く受け入れられないとは思うんですが…(^_^;)

東洋医学的思考とでも言いますか、病気は体が治しているという事を理解されている人は、うなずいていただけるかなぁ~…。

腰痛や肩こりって、基本的に姿勢が原因なので「姿勢を正しましょう!」とか、「背筋を伸ばして…」とかを、治療しながら患者さんに伝えた方が良いと思うんですけど、患者さんからすれば「そんな事は分かってますよ!」っていうのが本音だと思うんですよねぇ~。

患者さん的には。基本的に「姿勢を直すとかは分かっているから…、早く、この痛みを取って欲しい!」っていうのが本音だと思うんです。

でもねぇ~

正論としては、「姿勢を直さないと…、これから先…、何度も肩こりや、腰痛に悩まされる事になるんですよぉ~~~~!」…って、口酸っぱくなるほど言いたいんだけども、それをやっちゃうと「うるせぇ~なぁ~!」ってなっちゃうから、やっちゃダメ!

じゃぁ~…どうするか?

答えは一つだと思うんです。それは…、少しでも患者さんの症状を軽くしてあげる事。

痛みは、すぐに取れるモノと、すぐには取れないモノがあるので、すぐ取れる痛みは、すぐに取ってあげて…。すぐに取れない痛みは、できる限り今の状態より、少しでもいから、症状を軽くしてあげる事で、少しづつでも、患者さんからの信頼を得れれば、患者さんも治療者の言葉に、聞く耳を持ってくれると思うんですよねぇ~。

まぁ~…要は…、同じ事でも、誰が言うか?…って事なんでしょう。

正論なんだけど、信頼を得ていない人が言うと、自然と「うるせぇ~なぁ~」…となり。信頼を得ている人が正論を言うと「あぁ~…なるほどね!」となる。

器質的な事が原因というか、筋肉の不具合が原因な場合は、痛めている症状や状態にもよりますが…、たしか…人の体って細胞が入れ替わるのに、胃や腸など早く細胞が分化する部位は1週間くらいで入れ替わりますし、皮膚は1か月くらい…。筋肉は6か月くらい…。だったと思うんですよね!…なので、自己治癒力で修復が可能な状態の場合、治るのに、それくらいの時間がかかるって事なんですよね!

体自身が、体の不具合を治すためにかかる時間を、少しでも早める為に、僕らが行う鍼灸などの医学的な治療は、自己治癒力をフル稼働できるように、体をサポートするんですよぉ~。

「えぇ~~~!そんなに時間がかかるのか!?(゜o゜)…そんなに待ってられないよぉ!」…っていう人は、薬で痛みを遮断して、いつも通りの生活パターンで生活をするので、体の自己治癒能力の効果を得る事なく、同じ事を繰り返して、症状が酷くなり、長期間使う鎮痛薬も効かなくなるので、色々な病院や治療院を彷徨う事になる。…いわゆる、負のループに陥っちゃうわけなんですよねぇ~。

できれば、それは避けて頂きたいんですけどね…。

早く治したいという気持ちも分からなくはないんですが、その人の性格も関係してきますし…(-_-;)

まぁ~…、器質的な原因だと、そんな感じなんですが…

精神的な事が原因で体調を崩している場合は、器質的原因とは違って、やはり少し時間がかかりますねぇ~。原因がストレスや精神的な事の場合は、細胞の分化とは別に…記憶とか…生活環境が関係している事が多いので、環境を変える事が出来たり、記憶を別な記憶で塗り替えるとか…忘れる…とか、そういう事って、時間がかかる事だと思うんですよねぇ~。

なので…、焦りは禁物になります。

人の体って、単純なようで複雑で…、複雑なようで単純だったりするものなので、ホントによく分からないんですけど、自分の体が発する警告に気が付くか?警告を無視するか?って、とても大事な事だと思うんですよねぇ~。

これまた、毎度、毎度…ブログに書いてますが…

体を治すって、どういう事なんだろう?…って考えた時に、人の体って、ある程度の事には耐えれるように出来ているんだけれど、人それぞれにボーダーラインがあって、ボーダーラインの範疇だと、自己治癒力で修復可能で、ボーダーラインを越えてしまうと、…いわゆる、薬だとか手術…など…現代医学のお世話にならないといけない、『病気』と言われる状態になってしまう。…ボーダーラインを越えて現代医学の治療で、ある程度の生活には戻れたとしても、色々な制約がかかったり、不定愁訴に悩まされたりする事が増えてきます。

誰でも、出来る限り、病気とか不定愁訴とは無縁でいたいものですが、生き物は老いていくものなので、自然と…、気が付けば足元に、病気と不定愁訴がゴロゴロ転がってるって感じになりがちなんだけども、、歳を取っても健康でいたい場合の三種の神器的な事と言えば、睡眠・食事・運動…これに尽きるんでしょうねぇ~。

とりとめのない事を、ダラダラと書きましたけど…

結局のところ…僕は、しゃべりたがり…なのかも知れません…(^_^;)

でも…、どうでもいいって思ってる人には、そんなに言わないけど…

ホントに、うちの治療院に来られた患者さんには、健康で過ごして欲しいから…伝えたくなっちゃうんでしょうねぇ~。

まぁ~…僕自身もボーダーラインを越えない程度で頑張って、健康でいるための三種の神器的である、睡眠・食事・運動を怠らず、いい歳の取り方をしたいなぁ~って思っています~♪

よく聞く質問…。ツボって何?…経絡って何?

治療中に患者さんから、よく聞く質問が…

「経絡って何ですか?」「ツボって何ですか?」

このブログでも、何度か、この話を書いたように記憶しているんですが、正直言って鍼灸師の僕にもよく分かりません…(^_^;)

この質問をされると、僕の頭の中で浮かぶ言葉があって…それが「理解」と「解明」っていう言葉なんですよねぇ~。

辞書で調べると、『理解』は「物事の本質や価値を論理的に把握する事」…。『解明』は「謎や不明な事柄を明らかにする事」…とあります。

患者さんからの「経絡って何?」「ツボって何?」っていう質問は、どちらかと言うと、解明的な答えを求めている質問なのかな?…って思うんですよねぇ~!

教科書的な答えなら…、「経絡は『気』の通り道ですよ!」…とか、「ツボは『気』が集まる所ですよ!」…とか、「経絡の異常を教えてくれる場所がツボですよ!」という感じで、その質問に対して、説明は出来るんですが、正直言うと、「僕自身も、よくわからない!」という答えが、本音です。

だいたい…『気』ってものに対しても、僕は理解はしているけど、見た事ないし…(^_^;) 

まぁ~…見えてる物が、全てではないと思っているので…『気』っていうものは、シックス・センス的な感じで、「予感がする…」とか「嫌な感じがする…」「いい感じがする…」っていう、おぼろげな感じが『気』の一種だとするならば、「あぁ~…これが『気』なのかぁ~」って言うくらいで…

手品のように…、患者さんの体に手をかざして、気を動かすとか… 

念動力のように、物に触れずに物体を動かす事など、凡人の僕には出来ませんしねぇ~…(^_^;)

手品なら仕掛けがあって、観客が分からないように、人を騙してビックリさす事は出来るんでしょうが…、『気』に関しては、何とも言い難い感じなんですよねぇ~。まぁ~…世の中には分からないモノや、理解不能な事は、数多ありますしねぇ~。

紀元前の頃の医学理論などが書かれている有名な書物として、『黄帝内経』という本があるんです。

これは紀元前200年くらい前に編纂された本なんですけど、黄帝という帝が、岐伯など数人の学者と問答をしているような感じで、書かれている書物なんですよねぇ~。

黄帝:「ねぇ~!ねぇ~!…コレってどういう事?」

岐伯:「あぁ~それはですねぇ~…コレコレこういう事で…」

…という感じ…(-_-)

当時は、今のような解剖学とか、生理学とかが確立されていない時代に、大勢の頭の良い人達が、色々と知恵や経験をもとに作り上げた、医学理論や鍼灸の医学知識を、まとめ上げて作られたものが、ツボとか経絡というものだと思うんですね!

そんな偉人・先人達が作り上げたものを、凡人の僕が解明できるわけがないって思うんです…(^_^;)

でも…、解明は出来ないんだけど…

僕ら鍼灸師は、それらを学んで理解しているので、ツボとか経絡の運用方法を知っている。

…そういう事なんでしょうねぇ~。

まぁ~…科学がいくら進歩しようが…世の中の出来事を、全てを解明できるとは思えないんですよねぇ~…(^_^;)

物事には、分からない事があって、当たり前だと思うし、時に「分かった!解明できたぞ!」と…その時は思ったとしても、後で勘違いだったりする事も多々ありますし…、その勘違いが、意外と解明のカギになったりする事もあるでしょうしねぇ~…

まぁ~…分からない事を解明しようとするのは、偉い学者さんに任せておいて、僕ら鍼灸師は、経絡やツボ…および、昔から伝わってきている古典医学理論の理解を深めて、運用方法の精度を高める事に、重きをおいた方が、鍼灸師として社会に貢献できると思うんですよねぇ~。

なので、「経絡って何?」「ツボって何?」…って質問されても、「よく分かりません!」っていう答えが正解のような気がします。

モチベーションを削る言葉…(^_^;)

モチベーションを削る言葉…、テンションが下げる言葉ってありますよねぇ~。

先日、あるレストランのSNSを見ていたら、スタッフの方が…

「お客さんは悪気はないんだけども…」という解説付きで…

『「行きたいお店に予約を入れようとしたんだけど、ことごとく断られてしまって…悲しかったけど、ココが開いていて助かりました。」っていう本音は、スタッフのモチベーションを削るので…(笑)、心にとどめておいていただけると大変ありがたいです…』…的な書き込みを読んで…

あぁ~…そういえば、鍼灸院でも、患者さんは悪気はないんだろうけど、患者さんからモチベーションを削る言葉を言われた事があるよなぁ~って思い出したんです…(^_^;)

ジャブ的な…軽い感じで、モチベーションを削る言葉としては…

「近所だから…来てみました…」

…という言葉…。

患者さん的には「近所なんですよ!」っていう事を伝えたいとか…、挨拶がてらというか、会話のきっかけとして「御近所さんだからよろしくね!」的な感じで…、な~んにも悪気はないとは思うんですが、僕の性格が捻くれているからか…(^_^;)…この言葉を聞くと「この患者さんは、別に、僕じゃなくても、近ければ…どこの治療院でもいいって事なのかなぁ~?」って思っちゃう時があるんですよねぇ~。

僕の心が穏やかな時は、そんな事は思わないんですけどね…(^_^;)

冷静に考えれば、僕自身が、ちょいと卑屈すぎるのかもしれないけど…(-。-)y-゜゜゜ この言葉を聞くと、軽~~~くですが、モチベーションを削られるような気がするんですよぉ~。

…で、

今までで、一番モチベーションを削られた言葉として、覚えているのが…

「昨日、病院で痛み止めの注射を打ったしね!」…です。

これは、腰痛だったか?肩が痛い?…という主訴で来られた患者さんだったと思うんですが…

同じような言葉を、初めて来院された患者さんからも、久しぶりに来られるような患者さんからも、…何人か…から…聞いた事がある言葉なんですよ!

その言葉は、こんな感じで発せられます。

「整骨院とかマッサージに通ってたけど痛みが取れず、昨日も病院で痛み止めの注射を打ってもらったけど、あまり変わらないんですよね!…鍼灸でなんとかなりませんか?」

…というような症状を訴える患者さんで、まぁ~僕なりに精一杯、できる限りの事をして、治療を終えて、ベッドから起き上がってもらい「どんな感じですか?」と尋ねたら…

「そうですね…、痛みが無くなったわけではないけど、だいぶ楽になりましたね!…まぁ~昨日、病院で痛み止めの注射を打ったしね!

…って言われた時、正直言って…膝裏を膝カックンされた気分になり、「あぁ~そうですか…」って苦笑いするしかない感じになったのを思い出しますねぇ~(^_^;)

僕の本音としては…、「まぁ~百歩譲って、そうかも知れんけど…。昨日、病院で打った痛み止めが、今になって効いたのかもしれんけど…、この状況で、鍼灸治療を受けて痛みが和らいだのなら、昨日、病院で打った痛み止めの注射の事は言わなくていいんじゃない?」

…って言葉が、その時は、喉元まで出そうになりましたもんねぇ~…(-_-;)

まぁ~…「昨日、病院で痛み止めの注射を打ったしね!」に限らず、悪気はないんだろうけど…、鍼灸院には来ているものの、この人は心のどこかで、鍼灸治療を認めてない人なんだろうなぁ~…って思うような言葉を、何人かの患者さんから言われた事があります。…まぁ~…23年、鍼灸院をやっていれば、そんな患者さんが3~4人いても不思議じゃないですけどね…。

確かに、こういう言葉を聞いちゃうと、モチベーションは削られちゃうから、鍼灸治療を認めてなくても、心にとどめておいていただけると大変ありがたいですねぇ~…(^_^;)