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土に触ると…気持が落ち着く…♪

以前にも、同じような事をブログに書いた記憶があるんですが…

庭先の雑草取りをしてると『悟り…』という感じなのか…、「所詮、自然を人間がコントロールする事なんて出来ないんだよなぁ~」って事に気が付くんです。

雑草が生えないように、いくら雑草を取っていても、風にのって植物の種は飛んで来たり、小動物に付いた種が落ちたりするわけですしね…

以前、朝早くから雑草取りをしていた時に、散歩をしていた人から声をかけられて、その人と話をしていると…、その人は、以前、植木屋さんだったそうで…「専門職の人が庭の手入れをする時、土を新しく入れ換える時などは、一度、砂や土をバーナーなどで焼いて、砂や土に紛れている種を焼くんだよ!」って言われてました。

でも…、そこまでしても、年月が経過すれば自然と、どこからともなく種は飛んでくるでしょうしね…

…かと言って、「所詮、人間がコントロールする事なんて出来ない…」と、自然のままに放っておいたら、とんでもなくジャングル化するでしょうしねぇ~…(^^;)

やはり、「自然はコントロール出来ない…」と、悟っても、出来る範疇での手入れは、何に於いても必須だと思うんです。

地球全体を大きな自然と捉えると、人の身体は小さな自然とも言えるわけで…

人も…自然と同じで、寿命など…コントロールする事が出来ない事もあるんだけれども、人の身体って、出来る範囲で手入れをしてやらないと、維持する事が難しくなってくるんですよねぇ~。

では…

身体の手入れとは…?

日常生活における、食事の内容…、咀嚼の回数…、睡眠…、運動…、ストレスの回避…。

生活の改善は、患者さん御本人にしか出来ない事なので、それ以外の手助けとして、鍼灸治療って、良いサポート役だと思うんです。

今の時代…どの世代の人も疲れてますしねぇ~。

疲れると、血行が悪くなるモノなので、自然と、疲れると身体の、あちらコチラが凝っていきます。これを日常の入浴や運動で回避できるなら、それで問題は無いんですが、御自身の生活改善で疲れを取ることが出来なくなったら、他力に頼る必要が生まれてきます。

現代人の思考だと、その場合の「他力」は薬剤に頼る傾向にあると思うんです。

筋肉痛には湿布薬、痛みにはロキソニンやアスピリン系の痛み止め…。最初の間は、薬で回避出来ていても、長期間、薬に頼る生活をしていると、胃腸障害などの不具合に悩まされている人が、結構いらっしゃるんですよねぇ~。

そうなる前…、薬剤に頼る前に、まずは鍼灸で身体を整える事をされた方が良いと思うんですねぇ~。

薬剤に頼るのは、その後…。患者さんが御自身で、生活の改善をされて、鍼灸で身体を整えて、それでも体調がおかしい場合…、薬剤で治す。

この順序って大事だと思うんですよぉ~。

本当に眠剤を手放せない人…、痛み止めを手放せない人って、結構、多いんですよねぇ~。…最初に頼っちゃうから、手放せなくなるのかな…って思えるんです。

あとね…

土いじりしてると、マインドが安定しますよぉ~♪…雑草取りでも、家庭菜園でも何でもいいから、土いじりしてると、気持が落ち着くんだなぁ~♪

御自身で「メンタル…ダメージを受けてるなぁ~」と感じ始めたら、土いじり!…これオススメです♪

鍼灸は仕込み担当……(-_-;)

近頃は、あまりドラマというものを見なくなりました…。

最近、リアルタイムで見たドラマと言えば…、NHKでやってた『東京サラダボウル』っていうドラマくらいかな…

『VIVANT』も『不適切にもほどがある!』『宙わたる教室』も、友人がDVDを貸してくれて、OAされた1年後に見た感じで、随分、世間の流行とのタイムラグがある感じでしたねぇ~(^^;)。

実は…

今年の4月頃に、去年の年末に地上波で一揆放送していた『グランメゾン東京』を録画していたので、先日…やっと…見たんです。年末に上映された映画「グランメゾン・パリ」の宣伝的な意味合いで放送していたヤツですよねぇ~。(映画は、まだ見てないけど…(^^;))

「何年前のドラマを見とるんじゃ!?」…って話しですが、僕自身、料理好きなもので、面白かったですよぉ~。

でね…

あのドラマを見ていて思ったんです。

医療の世界を、料理人の階級に例えるのなら、鍼灸は、決してシェフやスーシェフ…、日本料理の世界なら料理長・板長・華板…には、なれないだろうなぁ~って…。

やはり、今の医療の世界に於いては、シェフや料理長は、iPS細胞を使って治す、お医者さんだったり、循環器や脳の手術をする、神の手を持つと言われている、お医者さんだったりするんでしょうねぇ~

そう考えると…、鍼灸師は、仕込み担当…って感じかな…。(-_-;)

でもね…

仕込みって大事なんですよねぇ~!

料理は仕込みが、しっかり出来ていないと、シェフや料理長も100%のパフォーマンスが出来なくなり、美味しい料理など作れない…。

じゃぁ~…鍼灸師がやる仕込みって…何?って思うかも知れませんが、医療の世界の「仕込み…」とは…

「患者さんが、健康でいられる為の、サポート&アドバイス…」これに尽きるんじゃないかな?

前回のブログにも書きましたが、患者さんが概論的思考で、自分の身体の声、および、身体から発せられる警告に耳を傾けれる生活を心がけてもらうように、鍼と灸で、患者さんの身体のコリを取り、健康でいられる為のサポートをする。

これが鍼灸師がやる「仕込み」ってヤツでしょうねぇ~。

僕が思うに、鍼灸は医療の世界でのメイン・ストリームになる事は出来ないんだけれども、とても大事な部分を担っている医療だと思います!

『グランメゾン東京』のキャストで言うと、鍼灸は仕込み担当の芹田くん…って感じかな…(^^)

概論思考と各論思考…

なんて説明したらいいんだろうか?…って考えた時に、ふと「概論・各論」という言葉が頭に浮かんだので、タイトルを「概論思考と各論思考」にしてみました。

何が言いたいのかって言うと…

身体の事…、自然の流れ…、老いるという事を理解しているのか?…どうか?

…という事を考えていた時に、大きな流れというか…、人間が生まれて死ぬまでには、若さで乗り切れるような事を経験したり、挫折を経験したり、加齢を経験して老化を感じたりと、大まかな流れがどれだけ理解出来ているか?

頭では理解できているんだけども、その流れに抗ってしまう思考が働き、どうしても自然の流れに逆らってしまう…。

そんな人、多くないですかねぇ?

僕たち鍼灸師は専門学校で東洋医学を学ぶ時、『東洋医学概論』と『東洋医学各論?…臨床各論?』だったかな?…を学びます。(…学校に通っていたのが20数年前の事なので、科目のタイトルは忘れてしまいました…(-_-;))

御存知の通り、概論は「大まかな説明」とでも言いますか「あらまし」…「こんな感じだよ!」という概略の説明が主で、各論は「詳細」というか、ある領域の詳しい説明を各論で学びます。

東洋医学概論では、人は自然の流れの中の一部であり、…身体がどのように成長して、どのように老いていくか…を学びます。各論では、ツボの効能や運用やら、この症状には、このツボ…などなどを学ぶんです。

なんとなくですけど…

何かあったら、すぐに薬を飲んで治そうとする人。もしくは鍼灸に来る患者さんでも「ここに鍼を打ってもらえませんか?」とか「ここに鍼を刺してもらうと治るような気がする」…というような人。…そういう人達の思考って「各論思考」な人達じゃないかな?って思えるんです。

所謂、成長から老化の過程に起こる事、概論を無視して、各論的な思考で、薬やツボに鍼を刺したり灸をしたりする事で病気を治そうとする人…。

患者さんだけではなく、鍼灸師でも、人を治療する時に各論的思考で治そうとする鍼灸師も少なくないと思うんですよねぇ~。

人の病気を治すのって、自然の流れや、身体の成長や老化の過程を無視して、生活していては病気は治せないんですよぉ~。

生活習慣の改善は必須なんですよね!

薬やツボの効能はサポートでしかなく、病気を治す主軸は「生きる力」とでも言いますか、免疫力を下げない事…。これは生活習慣の改善でしか変化を起こせないんですよねぇ~。

なので…、概論的な事柄を重要視する、お医者さんや鍼灸師は、事あるごとに「睡眠不足はよくないですよ!」「御飯はゆっくり、よく噛んで…」「シャワーではなく湯船には浸かりましょうね!」「身体を動かして!…運動しましょう!」…などなど、まぁ~昔から、親や祖父母から言われていた事を、伝えるんだけれども…

多くの人は、「そんな事は分かってる!…それより、もっと効く薬はないのか?もっと効くツボは?」…と各論思考で、病気と対峙しようとする人が多いなぁ~って感じます。

各論思考の人達って、何かに頼ってしまう癖とでも言いますか、薬に頼ったり…お医者さんに頼ったり…、なんだか分からないけど神秘的だと感じる東洋医学に頼ってみたりする事が習慣化しているので、そういう人達に概論的な事を言っても、聞く耳を持ってくれない事が多いんですよぉ~。

でも、こればかりは、気が付いてもらうしか無いので…

僕ら鍼灸師は、鍼やお灸を使って、身体のコリを取り、少しでも身体を楽にしてあげる事で、各論思考から概論思考に変わってもらいたい…。

患者さん自身が自分の身体の事を理解して、身体の不調を御自身で察知し、改善出来る事は御自身でやり、自分で出来そうに無い症状に関しては医療のサポートを受ける。鍼灸は御自身で改善する場合のサポートとして生活に取り入れてもらうようにする。この流れを作る事が、僕の治療の最終目的かな…って思います。

概論的思考になれば、自分の身体の声に耳を傾けれるようになると思うんです。自分の身体が発している警報に対応出来る。そうなれば患者さん自身が、今、自分の身体に最適な治療法や、やるべき事を判断出来るようになると思うんですよねぇ~。

そうすると、健康な人が、もっと増えると思うんですよぉ~。

『からだとこころの健康学』という本を読んでみた♪

先日…ぷらぁ~っと本屋さんに立ち寄った時に平置きされていた本に目が止まったんです。

『からだとこころの健康学』NHK出版の「学びのきほん」というシリーズの本で…

帯には「2時間で読める…」とあり「医学知識ゼロでも分かる…。自分の仕組みとは?注目の医師が教える、身体を大切にし続ける術」と書いてありました。

¥670かぁ~…

面白そうだなぁ~と思い、このシリーズの別な本と合わせて購入して読んでみました。

この著者の稲葉さんって、東大の循環器内科の先生で、以前、NHKのEテレの「SWITCHインタビュー」と言う番組で、
連続テレビ小説『あまちゃん』の曲を手がけてた、音楽家の大友さんと話しをされてた人でした。

読んでいて…「だよねぇ~」…と頷く事が多く、あっと言う間に読めましたが、気づかせてくれる事も多かったです。

この著者の先生は現代医学の最前線の、お医者さんですが、書かれている内容は、東洋医学的というか、自分の身体との対話の話しなど、色々と気付かされる、誰にでも理解出来る内容でした。

誰目線で言っているんだ?って思われるかも知れませんが…、鍼灸師は、この本を読んだ方がいいような気がしますねぇ~。鍼灸の学生さんや、鍼灸師に成り立ての新米鍼灸師は勿論の事、臨床経験が長い鍼灸師さんも、忘れていた事を
思い出させてくれる…そんな内容だと思います。

本の帯びにも書いてるんですが…

「あたま」「からだ」「こころ」…3つのつながりで健康を理解すると、自分だけの生きる基盤が出来る!古今東西の医学を駆使した目からウロコのレッスン!

…と書いてありました。

最初の方に書いてあった事を要約すると…

「あたま」は「~すべきだ」とか「…しないといけない」と、過去を振り返り、効率化を重視して思考するんだそうな…。

それに反して…

「からだ・こころ」は「したい…」「やりたい…」というようなシンプルで、「気持いい事…」「心地良い事…」を重視するんですって!

恋は、多分「からだ・こころ」が優先的に動くんでしょうねぇ~。だから「アバタもエクボ…」というような諺もあったり、「恋は盲目…」と言ったりするんでしょうねぇ~。

なので、「あたま」が支配しているような生活パターンを送っていると、「からだ・こころ」は、「あたま」の思考に押さえ込まれて身動きが取れなくなり、鬱の状態にはいってしまうという仮説も、疑いようのない事実だと思うんですよねぇ~。

ここで、大事な事…として書かれていたのが、「快・不快」のセンサーを働かせるという事でした。

「なんか変だな?」「なんかおかしいぞ?」と思った時は、直感に頼るって事なんでしょう。

でも、注意点として書いてあった事なんですが、「あたま」って嘘をつくらしいんですよ!「なんか変だな?」「なんかおかしいぞ?」と感じても、あたまは「偽りのこころ」「偽りの感情」を作り出して、自分にそう思い込ませるらしいんですよねぇ~。
メッチャ…怖くないですか!?(-_-;)

考え過ぎると「あたま」に主導権が移ってしまうので、迷った時には、悩まず、まず身体を動かす。

なんでも…

呼吸が浅い時は頭が主導権を握っていて、深い呼吸が出来ている時は、体と心が主導権を握っているそうな…。

「あたま」が主導権を握っている時は「からだ・こころ」を無理矢理、引っ張っている状態で、自分本来の自然なリズムを無視して、人工的なリズムと、集団的なリズムに合わせようとするので、どこかでシワ寄せが生まれて、それが不整脈だったり、鬱状態になったりするそうなんですよねぇ~。

ここで言う『自然のリズム』っていうのは、太陽の動きに合わせるリズムで、「あたま」は、効率化や利便性を優先するので、わざわざ太陽の動きに合わせたリズムで生活するのは、「あたま」にとっては不快なんだけど「からだ・こころ」にとっては、自然のリズムって欲しているリズムなんですよねぇ~。

それと…、書いてあった事で…「そうだよねぇ~」って思えた事の一つに…、対応策として、

目先の事では無く、長期的な展望で「からだ・こころ」へ判断を委ねるって書いてありました。

委ねてみて、もし「からだ・こころ」が拒否したら、それは無理して続ける必要はない。

…まぁ~…これが、「快・不快」のセンサーを働かすという事なんでしょうねぇ~。

仕事でも食事でも、自分の欲求が分からない…、考えがまとまらない時は「からだ・こころ」が求めているか?どうか?…がポイントなんですよねぇ~。

所変われば品変わる…だなぁ~♪

昨日、岡山から新幹線に乗り、自分の予約席に座ろうとすると、その席には若い外国の兄さんが座っていて、テーブルを出して色々なモノを既にセッティング済みな状態…

「その窓側の席は僕の予約席なんだけど…」と拙い英語で話しかけると、「あっ!」って顔をしてパソコンやら色々なモノを移動させようとしたので、僕も手荷物が多かったし…通路側の席でもよかったから、「どの駅でおりるの?」って、またしても拙い英語で尋ねたら「Hakata…」って言うから、降りる駅も同じだし、そのままで良いよ!って言って、僕は通路側の席に座ったんです。

その若い外国の兄さんも、手を合わせて「Thank you♪」って言うもんだから、僕も「OK!」って言って、何も問題無く座って本を読み始めたんです。

そしたら…

僕の前の席の窓側に日本人の若い男性が座っていたんですけど、僕の隣に座っている兄さんとは別の、団体で、外国から来た年配の旅行客の夫婦が「自分達は通路を挟んでの隣同士の席だから替わってくれないか?」…というような感じで「change!…change!」と連呼していました。

その光景を見ていて「あ~…なんか…外国旅行してたら、こういう事は日常茶飯事だよなぁ~」って思ったんです。

僕の前の席に窓側に座っていた、若い日本人の兄さんは、快く席を替わってあげて、その外国から来た老夫婦は隣り同士で座れたんですが、替わってあげた日本人の兄さんは広島で降りたんですよね…。

そうしたら…広島から乗ってきた、サラリーマン風の男性が、予約していた席に座ろうとしても、外国人が座っているもので、その夫婦に「この席は僕が予約している席だけど…」自分のチケットを見せると、そのお爺さんは「change!…change!」と連呼するのみ…。

サラリーマンの人は「あぁ~そういう事ね…」と、隣の通路側の席に座って、何も問題にはならなかったんですが、その一部始終をみていた僕が思った事は…

「change!…change!」じゃなくてさぁ~「Can I …」とか、つけてさぁ~…「Can I switch seats?」とか言えばいいのに…って思ったんですよねぇ~。「change!…change!」って連呼されると、言わんとしてることは分かるけど、なんか…上から目線というか、命令口調に聞こえて、嫌な感じだなぁ~って思ったんです。

僕は中学校の時に英語が苦手で、英語の授業が始まると、お腹が痛くなって保健室に駆け込んでたタイプだったし、英語の能力も、大人になってアメリカに旅行に行く事が決まった3ヶ月前から、みっちりNOVAに通って、英語の恐怖心を少しだけ取っ払ったくらいの英語力しか持ち合わせてないので、英語が堪能な人から言わせると「change!…change!」でも良いのかも知れないけど…

なんとなく、…もっと言いようがあるだろう…って思ったんです。

博多に近づき、その老夫婦の友人が別の席から近づき、老夫婦との会話が聞こえたので、耳をかたむけてみると英語じゃなかったから、この爺ちゃんも、僕と同じで、そんなに英語が話せる訳ではなかったのかもね…って思えて、「なるほど…」って、自分で勝手に納得したんです。

…で、そんな事があった翌朝、…radikoのタイムフリーで先日、日曜日に放送された、安住さんの『日曜天国』を聴いてたら、メッセージテーマが「もう諦めた事…」というテーマでメールを募集してたんです。

そのテーマで投稿されたメールに、インドに住んでるリスナーからの「もう諦めた事…」というメールで、インドで生活していて「なぜ?と思う事を諦めた…」というメールが読まれたんです。

インドでは「ジュガール」という考え方があり、「なんとかなる」という、工夫と楽観がミックスした考えがあるそうなんです。沖縄の「なんくるないさぁ~」と似てるのかな?…メールでは「店で支払いをした時に、店にお釣りが足りない時には、キャンディーで支払われたりするそうな…(^^;)」

ネットで調べてみると、「ジュガール」とは、「限られた資源や環境の中で、創意工夫を凝らして問題を解決する能力や精神」なんだそうなんですねぇ~。

だから、大阪の万博でインドのパビリオンの建設が間に合っていないけど、インド人スタッフは「あと数日あるから大丈夫!」と笑顔で余裕を見せてるってニュースになってたらしんですが、これこそ…「ジュガール」…らしんですよねぇ~。

この話しを聴きながら「所変われば品変わる…」だよなぁ~って、昨日の新幹線での出来事を思い出しました。